パチン……と、イリヤが指を鳴らすと、豪華な部屋は廃虚と見紛う暗く恐ろしい場所に変わる。そして驚く青年の目の前で、微笑みながらイリヤは自らの黒い翼を見せたのだ。
 これで全てが終わるだろうと、少しの寂寥感を伴いながら……。
「君を手に入れる為の嘘だよ。こんなことが出来るのは悪魔だけ。そうだろう?」
「迎えに、来てくれたの? 本当に……悪魔? 悪魔ってもっと恐ろしいものだって思ってた。でも、貴方となら。貴方が悪魔憑きって言われる俺でいいならっ! ずっと貴方のこと……初めて店で俺の歌聞いてくれた時から、俺――」
 驚きはしたものの、青年はイリヤを恐れはしなかった。それどころかイリヤを見つめる瞳が憧れを宿し、どこか幸せそうに潤んですらいる。
 イリヤに見放されたら最後だとでもいうように、緊張を隠せない青年の指がイリヤの衣服の端を握った。そして必死に、青年はそれこそ全身で言いつのる……貴方がいい、と。
「いつか……二人で暮らそうか、君の髪や瞳が自然に受け入れられる世界で……」
「一緒なら、貴方と一緒なら何処だっていい!! お願いだから、俺を見捨てないでっ」
 少し寂しげに告げたイリヤの言葉の意味を、青年は正確に理解できていない。それでいいと、イリヤもあえて告げず、代わりに彼への想いを伝える。
「見捨てたりするものか。俺はずっと見てたよ、君を。部屋の隅で祈りながら泣いていたね。なのに天使は見ているだけで一度として手を差し伸べなかった……。苦しめるだけなら……一度も救いを与えないなら、俺は君を攫ってしまおうと思ったんだ」
 イリヤの告白を青年は信じられないという表情で聞き、感極まったのかイリヤの胸に頬を押し付け全身でしがみついてきた。彼の顎を捕らえたイリヤが青年の唇を奪っても彼は逆らわず、ただ伏せた睫を震わせて緊張ぎみにくちづけを受けとめる。
 もう自らは青年を手放してやることはできないと実感し、イリヤは彼を抱く腕にさらに力を込めた。それでも――くちづけを解き、最後にもう一度、青年に訊ねる。自分と共に堕ちて本当に後悔しないのか? と――。
「俺でいいなら、貴方の……思うままに、し、して、ください。ずっと、貴方に初めてをって……思ってた」
 緊張を隠せない硬い声で、それでも青年はイリヤを求めてくれる。後で捨てられても、これから先の人生でどれほど傷ついたとしても、自分は初めてをイリヤに抱かれた幸せな記憶と共に生きていけるからいいのだと、青年が崩れそうな笑みで寂しいことを願う。
「お願いされなくても、君をもらうよ……。でも、まずは名前を教えてくれないか?」
 これ以上悲しい言葉を青年が言わなくていいように、イリヤの唇が想いごと彼の言葉を吸い取った。くちづけの後、緊張の解けた瞳でイリヤを見つめた青年が名前を教えてくれる。
「ん……あ……、んっふっ……アーシェ、です」
「アーシェか、いい名前だ。響きもとてもきれいだね。俺はイリヤという。俺の名を呼んで? アーシェ」
「イリヤさま……。ああっ……、あぁ」
 壊れ物のようにやさしく扱われ、やわらかなベッドにアーシェの背が沈む。全てを攫うための甘い囁きと愛撫が、アーシェを包み込んでくる……。
 イリヤの腕に抱き締められる今も、夢ではないかとアーシェは疑ってしまう。なのに先ほど一生懸命ちょうちょに結んだタイもするりと解かれ、白いシャツのボタンも全て外されて、イリヤの細くてきれいな指が直接肌に触れてくる。すこしひやりと冷たい彼の指先に触れられた場所がジンと熱を持って、初めて体験する感覚がアーシェを戸惑わせた。
(恥ずかしい、触ってもらっただけで俺の身体おかしくなってく……)
 堪えても震えてしまうアーシェの肌にイリヤの唇までもが触れてきて……。気がつけばアーシェは下着も脱がされて、生まれたままの姿で全身に彼の愛撫を受けていた。
「あ…、アン……あ……はぁ……。イリヤ、さま……」
「かわいい。俺のアーシェ、きもちいい? それともまだ怖い?」
「こわくない、です。すごく、はぁ……きもち、いいっ……あ、はぁっソコ、だめ……っ」
 覚えたての名前を呼んで腕をのばすと、絹の豪華なシャツを脱いだイリヤが微笑んでアーシェの腕が届くところへ来てくれた。耳もとで囁かれ、同時に下半身の熱に彼の指を絡められてゾクゾクとした快感がアーシェの全身に広がる。無意識のうちに少し逃げるように身を捩ったアーシェの身体を、イリヤがやさしく捕らえて彼の下へと強い力で引き戻した。
「ここに、俺を受け入れて……」
「はぁっ……あぅ、あ、イリヤ、さま……。して、ください……貴方の思うままに……」
 昂った熱の奥、アーシェの身体の終わりの場所へとイリヤの指が触れた。

 

 

 

  

 

この続きは、2009年9月26日発売の
闇に小夜曲セレナーデ
でお読み頂けます。どうぞお楽しみに!

 

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