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◆1-3 依頼人/ハインリヒ

(また、この宿か……)

 馬車を降りて宿の看板を見上げ、ハインリヒはげんなりした気分でため息をもらした。コクトーが指定したのは……先日も滞在した、あの嬌声と痴話喧嘩に満ちた連れ込み宿だったからだ。
 ウロボロスの快楽人形は、すでに完成と言ってもいい状態だった。ハインリヒが培養液からキャロルを引き上げたあの日から四ヶ月以上が経過し、そのあいだに外見に関する改善が数回に渡って行われていた。
 コクトーの施す改善は細かなもので、そのひとつひとつは僅かな変化を与えるだけだった。だが、“まさしく人形のように美しい”とハインリヒが感じていた外見は少しずつその整いすぎた均衡を崩し、ごく自然に生まれた生命の持つ柔らかな印象を見る者に与えるまでになっている。それはハインリヒが夢とも妄想ともつかぬ心地で抱いたキャロルの肉体そのままだった。
 改善の作業と並行して行われていた核の培養も終わり、今回は仮の核を入れた人形と初めて対面することになっていた。もはや魂のない人形ではなく、生きた人間と変わらず自らの意志で行動するキャロルと、ふたりだけの時間を過ごすことができるのだ。
 コクトーはそれを“初夜”と呼んでいた。
 さすがにその言葉にはむず痒い照れくささを感じたが、あのすったもんだの挙句の依頼から半年以上もお預けを食らい続けたのである。ようやくキャロルをこの手に抱けるのだと思えばそれなりに期待は高まってくるし、今後のことを考えたって、それなりに思い出に残る時間にしたいという欲もある。
 そういう時間を過ごすのが、いかにも胡散臭い連れ込み宿でございますと言わんばかりのこの安宿というのは……やはりあまりにも味気ない。

『もうちょっと……なんというか、〈上品な〉宿を使うわけには行かないのか』

 ……と、一応抗議はした。
 だがコクトーは「無理です」と、にべもない言葉を返しただけだった。
 宿の手配に関してはニコルに一任しているようだったが、どうやらこの宿を使うのはニコルの小遣い稼ぎのため……というばかりではないらしい。
 ハインリヒがいくら真摯にキャロルに愛情を注ぎ、一夜の快楽ではなく、生涯に渡って連れ添う伴侶としてウロボロスの快楽人形を求めたとは言っても、やはりコクトーの仕事は非合法なものであり、男同士の情事もまた然り……なのである。
 もちろんホルテンシュタットにはハインリヒの希望を叶える宿はいくつもある。つまり見せかけだけでない調度を揃え、隣室の話し声が筒抜けにならない程度の厚みを持った壁があり、怪しげな染みのない清潔なリネン類と、例え客の懐具合を詮索していたとしてもそれを決して表情に出さない主が客を出迎えるまっとうな宿だ。
 だが、まっとうな宿が求めているのはあくまでもまっとうな客であり、その基準に照らし合わせてみれば、ウロボロスの快楽人形との初夜に部屋を提供するなど論外というより他にはない。
 結局、男娼を連れ込むことを黙認しているような宿でもなければ、安心して事に及ぶこともままならないし、そういう宿の中ではここは比較的(これはあくまでもニコルの基準だが)マシな方なのだという。教皇庁から指名手配を受けているお尋ね者のコクトーのみならず、ハインリヒが我が身を守るためにも、ここは耐えるしかなさそうだった。



 ハインリヒは長い廊下を奥へ、奥へと案内されていった。最初に通されたのは廊下の突き当たりよりひとつ手前の部屋だ。
 室内にいたのはコクトーだけで、キャロルの姿はない。ハインリヒの到着を待ちながら本を読んでいたのだろう。窓際に灯した蝋燭の小さな灯りだけが室内を照らしていた。

「お待ちしていました」

 入ってきたハインリヒをろくに見もせずに、コクトーは本を置いて立ち上がった。
 隣室では連れ込んだ男娼を打擲してお愉しみの真っ最中らしい。苦痛と媚態の入り交じった喘ぎが薄い壁のすぐ間近で漏らされているのが分かったが、コクトーはそれにもまったく動じない。
 完全に無視しているのではなく、音楽に耳を傾ける時のように隣室から漏れ聞こえてくる声を味わっているように見える。こんな状況にも馴れきっているのだろう。
 いや、むしろ錬金術の道具で溢れかえったあの工房で眉を顰めて作業をしているよりも、こういう場所で嫣然と〈客〉を待っている方がコクトーの本質なのではないかという心地にさえなった。
 鞭を振るう側なのか、打擲される側なのかは分からないし、詮索したくもなかったが、コクトーがそういう性の愉しみ方を好んでいるのだと気づかないほどにハインリヒも世間知らずではなかった。

「奥の部屋は、もう少し静かだと思います」

 壁の方にちらちら視線をやるハインリヒに、コクトーがそう小さく言う。

「奥……?」
「キャロルは今朝目覚めて、奥の部屋であなたをお待ちしています。目覚めてすぐは不安がったり、体の動きに馴染めずに戸惑う人形も多いのですが、キャロルは落ち着いているようです」

 そう言って、コクトーは説明を始めた。
 今回使った核が、不安定な仮のものであること。その仮の核によって、ウロボロスの快楽人形は最終的な完成形と変わらない状態にあるが、夜明け前には崩壊し、また意志のない人形のように眠りにつくのだということ。ハインリヒが実際にキャロルと名付けた人形を抱き、その仕上がりに不満があればこれまで数回に渡って行ったのと同じように改善のための作業が行われるのだということも……。

「次に目覚めるときは、別人のようになっているのか? いや、改善の作業のことを言いたいんじゃない。つまり……キャロルは今夜のことを忘れてしまうのか?」

 そう尋ねたとき、コクトーは初めて顔を上げてまともにハインリヒの顔を見つめた。
 それほど突拍子もない質問をしたつもりはなかったのだが、コクトーには意外だったらしい。

「……」

 コクトーは口ごもった。人形の製作に関することでコクトーが答えに窮するのを見るのは初めてのことだ。

「……いいえ、覚えています。核を入れてからの記憶は……全部、肉体のどこかに蓄積されるのでしょうね。別の核を使っても記憶が揺らぐことはありません」

 ほとんど搾り出すように苦しげな声。
 人形の肉体はただの容れ物に過ぎず、核こそが自我を生み出す要素なのだという説明とは、どこかちぐはぐな印象もある。肉体のどこか……などという曖昧な言葉も、これまでコクトーがウロボロスの快楽人形について語るときには決して使われることのなかったものだ。
 錬金術の技術を極めたコクトーにとってもまた、魂や生命は決して小手先で生み出せるものではないのかもしれない。
 コクトーの様子から、ハインリヒはそう覚っていた。
 これまでウロボロスの快楽人形という異端の存在に抱き続けていたうしろ暗い印象を払拭できたというわけではないし、そんな話をすればコクトーの機嫌を大いに損ねることになるだろうが、ハインリヒにはそのことが少しだけ、嬉しかった。
 キャロルと名づけられた人形の肉体はコクトーという錬金術師が作った。しかしその生命までがただ人を摸した作り物ではない。そのことが……。


 キャロルが待っているという部屋の前。廊下のつきあたりの扉の前に立って、ハインリヒは小さく呼吸を整えた。
 把手に手をかけてから、核を入れたウロボロスの快楽人形はもはや人間と変わらないと言っていたコクトーの言葉を思い出す。いきなり扉を開けて踏み入ることが躊躇われた。
 キャロルに対してもそうだった。
 どちらかといえば高圧的な兄であったという自覚はあるが、無断で個人的な領域を荒らすような真似はしたことがない。
 もう一度、深く呼吸を繰り返し、ハインリヒが軽く握った拳で扉を叩こうとしたとき、その扉が静かに開いた。
 半ば程まで開いた扉の隙間から、キャロルがそっと顔を出した。
 キャロルはまずハインリヒを見上げ、今まさにノックをしようとしていたその状態のまま、凍りついたように動きを止めている手を見つめた。それからもう一度、おずおずとその視線がハインリヒの顔に戻ってくる。
 見つめられて、どきりとした。

「……ごめんなさい」

 キャロルの唇がまるで震えるように動いてそう言葉を形作る。
 すでに成人したキャロルの姿かたちをしてはいるが、少し肩をすくめて怒鳴られるのを警戒しているようなその表情は、まるでいたずらを見つかった子どものようだった。
 コクトーの工房で、椅子に体を預けてぐったりとしていたときには、姿かたちがまったく同じでもこれはキャロルではなく人形なのだという意識がどこかにあった。だが今は、目の前にいるのがコクトーの作った人形なのだ……などと考えつく余裕は、ハインリヒにはこれっぽっちも残ってはいない。
 初めて対面する〈主〉に、どう振舞えば分からずに戸惑っているその表情は、作り物であることなどまったく感じさせない自然な滑らかさを持っていた。

「あ……いや、すまん」

 何が「すまん」なのか、自分でもよく分からないままに、ハインリヒはそう口にしていた。まるでこれから拳骨を食らわせるぞと言わんばかりにキャロルの鼻先で握りしめたままになっていた手を、ようやく引っ込める。

「驚かせてしまったようだな、すまない」

 ほとんど付け足しのようにそう言って、笑みを作る。それがぎこちなく震えているだろうことは、自分でもよく分かっていた。そもそもハインリヒは、愛想笑いなんてものとはまるで無縁の生き方をしてきたのだ。

「会ってくださらずに……お帰りになってしまうのかと思ったから……」

 キャロルも慌てて言葉をつなぐ。
 それが、扉を開けるなりキャロルが言った「ごめんなさい」の付け足しなのだと理解できるまでには一瞬の間があった。
 核を入れて目覚めたばかりの人形が、不安がったり、体の動きに馴染めずに戸惑うことがあるのだと言っていたコクトーの言葉を思い出す。コクトーは、キャロルは落ち着いているようだ……と言っていたが、主を選べぬ人形の身の上で、不安を感じないはずはないのだという気がした。
 キャロルもまた、震える作り笑顔の下にはその気持ちを隠しているのだろう。

「…………」
「…………」

 そしてまた、どことなく気まずい沈黙のうちに見つめ合うことになってしまう。

「入れてもらえるかな?」

 このままでは、見つめ合うだけでずるずると時間が過ぎて行ってしまいそうな気がして、ハインリヒはその言葉を口にした。
 ほとんど扉にしがみつくように立ちすくんでいたキャロルは、自分がハインリヒの行く手を遮っていることにようやく気づいたのだろう。また小さく「ごめんなさい」と口にして、扉を完全に開けた。



 部屋の中を見回して、かすかな違和感を覚えていた。
 コクトーの話では、ハインリヒの到着を待って、キャロルはこの部屋で数時間を過ごしていたはずだった。だが、それを思わせるような形跡はどこにも見つけ出すことができない。それが原因なのだろう。
 まるでキャロルもまた、たった今、ハインリヒと一緒にこの部屋に入ってきたのだとでもいうように室内は無味乾燥に整えられたままだった。窓際のテーブルには形ばかりの茶器が用意されているが、茶器ばかりか、椅子を動かした様子さえない。寝台に皺ひとつなく広げられたカバーにも、キャロルが腰をおろしたのだろうと思える痕を見つけ出すことはできなかった。
 室内の何ひとつに手を触れることさえなく立ち尽くしたまま――コクトーのように時間つぶしに本を読むことさえ考えつかずに――キャロルはただじっとハインリヒを待っていたのかもしれない。

「俺を待ちながら……何を考えていた? 退屈していたんじゃないのか」

 ハインリヒはそう言って、キャロルの髪に手を伸ばした。しなやかな手触り。
 その手の動きに少し警戒したのかもしれない。キャロルの体がぴくりと小さく震えた。だが、逃げようとはしない。たとえいきなり掴みかかられて寝台に押し倒されたとしても、それを受け入れるのが自分の役目だと思っているのかもしれなかった。

「鏡を、見ていました」
「鏡……?」
「あなたがコクトーに預けた肖像画とは、髪の色が違う……そのことが気になって……」

 キャロルは遠慮がちにそう言った。ハインリヒの手が髪に触れていることに、何か重大な意味があるのだと感じ取っているようだった。
 確かに人形の髪の色は、肖像画に描かれたキャロルとは違っている。肖像画では白っぽい金髪がすんなりと肩に落ちるように描かれているのだ。少しクセのある赤っぽい色合いの髪をキャロルは自分ではあまり気に入っていなかったようだった。肖像画を描くときに髪の色を淡くしてくれとしつこく頼んでいたのを思い出す。
 コクトーが人形の製作を始めたときに、ハインリヒは少し迷いながらも、髪の色を肖像画とは変えてくれと注文をつけていた。生前のキャロルを……ありのままに再現したかったからだ。

「そのことが不安だったのか?」
「ご主人様は完璧を求めていらっしゃる、コクトーはそう言っていました。だからきっとこれは意味があることなのだろうと……そう思っていたのです。でもご主人様のお姿を見て、少しだけ答えを見いだせたような気がするのです。肖像画に描かれていた髪の色は、ご主人様と同じだったから」
「……」

 ハインリヒはどう答えるべきなのか、言葉を見つけ出すことができなかった。自分の髪の色など、考えたこともない。人形がハインリヒを待ちながらそうしていたというように、生前のキャロルはよく鏡を覗いていたが、ハインリヒはそれを『女のするようなこと』と半ば切って捨てるような心地で苦々しく見つめていたのだ。
 そしてこれまで考えていた以上に――ただ姿かたちばかりではなく――この人形はキャロルに近い存在なのだろうという気がした。

「そうだな。だからキャロルは……あんな肖像画を描かせたのかもしれない」

 赤みがかった金色の髪を撫でる手に、少しだけ力がこもった。その髪の中に指を挿し入れて、細い首の手触りを探っていく。

「……ぁっ」

 キャロルの唇がわずかに開き、声とも言えぬ声が漏れた。
 鏡の中の自分の姿を見つめながら、その髪の色に思い悩みながら……キャロルはこうして触れられることをずっと待ち焦がれていたのだろう。すでにその吐息には、ハインリヒの手が次の行為に進んでいくことを期待している。
 その体を引き寄せて、唇を重ねる。滑り落ちていくようにハインリヒの舌はその少し冷たい口中へと引き込まれ、キャロルのしなやかな舌の蠢きに迎え入れられた。押しあてられたキャロルの下腹は、すでに硬く張り詰めて、愛撫を誘っているかのようだ。
 コクトーは、いったいどれほど淫らにキャロルを作り上げたというのか。わずかにそう、腹立にも似た思いがにじんでくる。
 だがその思いも、ハインリヒの内に湧き上がってくる情欲を押し止めることはなかった。その物欲しそうな腰の揺れまでもが、可愛い。その昂ぶりに手を這わせ、服の上からその形をなぞるようにそっと撫でてやった。
 体の他の部位がそうであるようにキャロルの牡の証もまたコクトーが形作ったものなのだということを、ハインリヒは今さらのように実感していた。
 ハインリヒは何度もコクトーの工房を訪れ、製作途中だったキャロルの肉体を目の当たりにした。そういう時でさえ、ハインリヒの見ている前でコクトーがキャロルの性的な部位に手を触れたことは一度もなかったが、コクトーがキャロルの肉体に手を触れて、まるで慈しむようにその部位のひとつひとつを形作っていったのだとを想像するのは難しいことではなかった。そして医師の手当と同じように性的な意味あいなどまったくない施術であったはずのその行為に、自分がにじむような嫉妬を感じているのだと気づくことも。
 コクトーがあのしなやかな指で触れたとき、キャロルは昂ぶっていたのだろうか?

「ご主人様……あぁ……ぁっ」

 半ば抱きかかえるようにして寝台へ運び、横たえたとき、キャロルはまるで熱いため息を漏らすようにそうハインリヒに呼びかけた。
 そんな風に呼ばせるつもりはなかった。生前キャロルがハインリヒをそう呼んだように、「兄上」と呼ばせるつもりでいたのだ。だが今は、そのことさえどうでもいいという気がした。仮の核が機能するのはせいぜい夜明け前までだろうとコクトーは言っていた。時間は、あまりない。ゆっくり話をするのは……キャロルが完全に仕上がって、手元に置くようになってからでいい。
 今はただその愛しい肉体が自分のものであるという、確かな手応えが欲しかった。
 キャロルの身を包む服を暴いていく。
 その服は、かつては弟が身につけていたものだ。クローゼット遺されたたくさんの服の中から、一番キャロルに似合うと思えた服を今日のためにコクトーに託した。
 仕立て上がったばかりのその服を身につけて、弟が出かけていこうとしていたときの光景が鮮やかに思い出された。まだキャロルが道ならぬ恋に疲れはてて荒れる前のことだ。その輝くばかりの表情は、今もハインリヒの中で決して色あせることはない。あのとき、思いを伝えることなど出来ない相手なのだと分かっていても、キャロルがたまらなく愛しかった。

「厭か……? 急ぎすぎているか、俺は?」

 馬乗りになったハインリヒの体の下で、かすかに身動ぎをしたキャロルを見下ろして、そう声をかけた。
 見上げるキャロルの表情はすでに快楽の熱に浮かされたように蕩けていた。はだけたシャツの合間から見える胸元も上気し、薄い布地を通して桜色の乳首が勃ち上がっている様がはっきりと見て取れる。

「いいえ……でも……」
「でも……?」
「私にも、ご奉仕をさせて……。あなたに悦んで欲しいから……。あなたに命じられて何かをしたい」

 そう言って、キャロルは恥ずかしげに目を伏せた。
 自ら奉仕したいと口にしてはいたが、その所作はすべてを投げ出して意のままにされることを受け入れようとしているのだとも見えた。そう……まるで人形のように。

「何をさせられたい? 俺に……何を命じられたい?」
「淫らなことを命じて……。あなたが一番……好きなこと……」
「おまえはもう充分すぎるほどに淫らだ」

 そう小さく笑ってハインリヒはキャロルの手をとり、服の中で窮屈に膨れ上がっている自らの昂りへとその手を導いた。一瞬、躊躇うようにキャロルの指先がこわばった。そしててのひらでその硬さを押し包んで指を閉じていく。滑らかに行き来するその動きに、ハインリヒは頭の芯が痺れるような快感がこみ上げてくるのを感じた。

『イッてもいい? 兄上の手でイキたい……』

 あの幻の中でキャロルはそう甘く囁いて愛撫をねだった。だが……それはハインリヒの思い込みの産物だったのだろう。おまえの手でイキたい――ずっとそう望んでいたのはハインリヒの方だったのかもしれない。キャロルの白い肌、しなやかな指、赤い唇のすべてを汚して達する瞬間を、ずっと欲していたのだ。

「ああ、上手だ……キャロル」

 息が乱れた。それを覚られまいとハインリヒはキャロルの胸元に顔を押し付けた。薄い布地の下で勃ちあがっている突起を口に含んで、音を立てて吸う。

「すごく……硬…………あっ」

 ハインリヒが軽く歯を立てたとき、キャロルは体をしならせて喘いだ。ハインリヒの唾液で濡れたシャツの布地はキャロルの肌にぴったりとはりつき、膨らんだ蕾の紅の色をより一層鮮やかに透けさせていた。

「ここが好きか?」

 そう言いながら、ハインリヒは指先でさらにキャロルの乳首を弄った。ハインリヒの下腹で蠢いていたキャロルの手はもはや動きを止めて、ただぶるぶると震えるばかりだった。キャロルは瞼を堅く閉じて喘ぎをこらえている。密生する睫毛を濡らして、涙が溢れていた。

「好き……。でも……ぁ、だめ……そんなにしたら…………イッちゃう……から……」
「いいんだ。おまえが俺の手で登りつめるところを……見たかった……ずっと……」
「……ひとりだけ先に……なんて……厭……」

 駄々をこねる子どものように言って、キャロルは逃げるようともがいた。ハインリヒはその体をしっかりと抱きしめて押さえ込む。

「俺も……もう限界だ」
「……んっ、あっ」

 抱きしめたその腕の中で、キャロルがびくびくと体を震わせた。せりあがった腰。ハインリヒはまだ衣服に包まれていた昂ぶりを完全に暴き立てて、脚を開かせるとそのあいだに身を沈めた。
 反り返った牡の先端が、キャロルの脚の間の窄まりに触れた瞬間、キャロルはひときわ激しく身を震わせて堪えきれずに精を解き放っていた。温かなぬるつきが下腹に拡がっていくのを感じながら、ハインリヒはゆっくりとキャロルの中へと侵入していく。

「ふ……ぅっ、あっ」

 甘い響きが混じってはいたが、それは紛れもなく苦痛を訴える呻きだった。無理もあるまい。そう思えるほどにキャロルの体は堅い。

「苦しいのか? やめるか?」
「苦しい……でも……でも、やめないで……もっと激しくしてもいい……」
「馬鹿なことを……」
「兄上……」

 切なく漏らされたその言葉に、どきりとした。
 そう呼べと命じてなどいないのに、キャロルはなぜそれを知っていたのだろう。

「兄上が、私の中でイクところが見たいから……」

 キャロルが恥じらうように笑みを浮かべた。
 弟への思いを自覚したのはもう何年も前のことで、それ以来ずっと、ハインリヒの心の中には苦々しい闇が存在していた。弟を永遠に失ってもなお消えることのなかったその闇に柔らかな光が差し込むのを感じた。その光が眩しいほどにふくれあがってハインリヒを満たしている。



 翌日にはキャロルに最後の核が入れられた。
 ハインリヒはキャロルを連れ帰るために馬車を手配してコクトーの工房を訪ねた。今後は、ホルテンシュタットから数日の距離にある領地の屋敷でキャロルとともに暮らすつもりだった。

「あの……錬金術師のコクトーの工房はこちらでよろしいのですか?」

 まるでコクトーがひと仕事終えたのを待ちかねていたとでもいうように新しい依頼人が訪ねてきたのは、キャロルを馬車に乗せ、最後に別れの挨拶くらいはしておくか……とハインリヒが家の中を覗き込んだ時だった。

「ええ……」

 そう答えて、コクトーは読みかけの本を閉じてテーブルの前から立ち上がった。半年前にハインリヒが訪ねてきたときもそうだったのだろう、まるっきり無防備なまま訪ねてきた男を広間に通そうとしている。
 訪ねてきたのは物静かそうな細身の男だったが、明らかにハインリヒの存在を警戒しているようだ。それがウロボロスの快楽人形を依頼することを世間に知られまいと憚っているせいなのか、それともハインリヒが訪ねてきたときにコクトーを押し倒していた男と同じような下心を抱いているせいなのかは分からないが。
 自分が同席すれば用心棒の代わりくらいにはなるだろう、とも思ったが、コクトーがそれを容認するとは思えなかった。ハインリヒは「じゃあ、俺はこれで……」とだけ言って訪ねてきた男と入れ替わるようにコクトーの家を出た。

「旦那様、行きますか?」
「いや……もう少し待っていてくれ」

 馬車の近くに来たときに御者に声をかけられて、ハインリヒはそう静かに答えた。馬車には乗らず、そのそばに立ったままでコクトーの家の扉に目をやる。
 もしあの男がコクトーに襲いかかるようなら、そのときは救けに入ってやるつもりだった。







あなたの妄想が小説になる――。
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by 須藤安寿 ¦ 23:42, Saturday, Mar 20, 2010 ¦ 固定リンク ¦ コメント(0) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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