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◆0-4 依頼人/執事・ウリエル

 寝台に横たえられたとき、サキエルはそっと目を閉じた。

(あっ……)

 ウリエルの手が触れた瞬間、サキエルは思わずそう声を漏らしてしまいそうだった。
 声は何とか堪えることができたけれど、警戒するようにこわばっていた体が、びくり、と大きく震えるのまでは抑えきれない。

「こわいのですか?」

 耳元でそう囁く低い声。
 一度はサキエルの服を脱がせようと襟元にかけられたウリエルの手からすぅっと力が抜け、サキエルの首筋や肩をそっと撫でていく。
 思ったよりもずっと滑らかな手のひらに撫でられる感触を、じっと肌で感じ取る。
 そうして感じ取るウリエルの体温は、この部屋を訪ねようと思い立ったときにサキエルが想像していたものとは、まったく別の肌触りだった。

「安心してください。乱暴なことはしませんよ。ゆっくり、あなたが応えてくれるのを待ちますから……」
「い……いえ……。だ……大丈夫……ですから、あなたのお望みを……何でも……」

 少し戸惑いながら、サキエルは小さく言った。

「こんなに震えているのに?」
「震えているのは……こわいからじゃ、なくて……」

 どう答えればいいのか、サキエルには分からなかった。
 この男に触れられたときに感じるのは、もっと異質な手触りだと思っていたのだ。こんな風に……まるで大切なものを撫でるように触れられるなどとは考えていなかった。
 サキエルの体に押し当てられているウリエル自身は、今も息苦しいほどに怒張している。容赦なく人形の肉体を辱め、貪る……そういう、欲望そのものを体現するかのように昂っているのだ。
 それなのになぜウリエルは、その欲望のままに行動しようとはしないのだろう。
 そのことが焦れったいと感じるのは……浅ましい欲望だろうか。

「あなたに……満足していただきたいから……」

 かすれる声で、ようやくサキエルはその言葉を口にする。それが精一杯だった。
 ウロボロスの快楽人形は、性の欲望に献じられる存在であるはずなのだ。そのために作られ、存在している。
 所有者となる男は荒々しく服を暴いて、性の刺激に敏感な人形の肉体を貪るのだろうと思っていた。きっと、唇や舌や耳、乳首や、臍の周り……そういう疼きやすい場所を探り出され、嬲るように弄られながら人形は――いや、自分は――喘ぎ、登りつめていくのだろう。
 そして、牡の欲望が後孔を貫く苦痛に、ただじっと堪えることになるのだろう。コクトーは決して、男の昂ぶりを容易く飲み込めるようにはその部位を形作らない。だからその行為には間違いなく苦痛が伴うはずだ。
 その苦痛を受け入れる覚悟はしていた。
 一方的に貪られることも……。
 いや、それを望んでさえいたのかもしれない。
 苦痛を……ではない。
 性の行為が与えるのは、苦痛だけではないのだと知っている。だからそうして貪られることに堪えれば、自らの肉体の内を滾らせている欲望と向きあうことななしに性の快感を味わうことができるのだと、心のどこかでは期待していた。
 ウリエルの手のひらは、熱いとか冷たいとか、そういう言葉で表せるものではなかった。肌に溶けるようにしっくりと馴染む、柔らかで穏やかな温もりとしてサキエルを包んでいる。
 その心地良さに感じる安堵の気持ちがある。そして明らかにサキエルの体は、その柔らかな愛撫に疼いている。
 もっと、触れられたい。
 このまま撫でられて、登りつめたい。
 もっと直接的に性の快感を感じることの出来る部位があり、ただ奉仕するためでなく、自らその快楽を味わうために……触れられたい。その気持ちが抑えきれないほどに膨れ上がって、自らの体を火照らせていることに、サキエルは臆していた。
 ウロボロスの快楽人形がそんな気持ちを抱くなんて、考えたこともなかった。
 人形の肉体の内側に、自ら性の快楽を貪ろうとする欲望が潜んでいることなど、コクトーは教えてはくれなかった。
 そしてその欲望に引きずられてしまえば、自分は本来あるべき役割を果すことができなくなってしまうのではないかとも感じられた。その貪欲さに、ウリエルは呆れるかもしれない。失望するのかも……。
 いずれにしてもそれは満足とは程遠い結果だろう。
 その時に人形がどうなるのかを、サキエルは知っている。性の行為が与えるであろう苦痛よりも、そのことがこわくてたまらなかった。

「あ……っ」
「あなたも私とこうしていることを望んでくれている。それだけで私は満足ですよ。だから、無理をせずにゆっくりと互いの欲望を味わいたい。私はそう思っているのですが……あなたはいかがです?」
「でも……」
「……でも?」
「……私は……待ちきれないかも……」

 言いながら、サキエルは羞恥の気持ちに胸が締め付けられるようだった。穏やかな愛情を確かめ合うことを望まれているのに、こんなに激しく疼いている淫らな肉体が、泣きたいほどに恥ずかしい。
 硬く勃ちあがった昂ぶりに触れられてさえいないのに、今にも達してしまいそうなほどに沸き上がってくる欲望をどうやって抑えればいいのか分からなかった。

「いいんですよ、それでも……」

 そう言って、ウリエルはもう一度、深くサキエルの唇を吸った。
 キスは……こわくはなかった。
 挿し入れられる舌を味わうことも、その舌に口中を撫でられることも、もはや未知の行為ではない。それが体を蕩かさせるように心地良い刺激を与えてくれることを、もうこの体は知っているから。

「白状しましょうか。本当はね、私も少しこわいのです。あなたを傷つけることや、あなたに幻滅されることが……。あなたが欲しいとこんなにも焦っている気持ちをさらけ出すのが、どうにも気恥ずかしい」

 まるでサキエルの動揺を見透かしたように、ウリエルはそう言って笑みを浮かべた。

「――私たちはどうやら、似たもの同士のようだ」

 互いに焦れながら相手の出方を伺うばかりの状況に、ウリエルもまた困惑しているのだと分かった。
 求められているのは、一歩、踏み込むことなのかもしれない。

(私が自分から行動を起こして、ウリエルさんに満足していただくべきなのかも……)

 そんな風にも思った。
 だが、サキエルが動くよりも早く、ウリエルの方が根負けしたとでも言うようにサキエルの服に手をやった。唇を吸ったときと同じように唇と舌とで柔らかな愛撫を加えながら、サキエルの体をあらわにしていく。

「ん……、あ……っ」

 その唇が胸の上を滑り、そこに勃ち上がった小さな突起に触れたとき、サキエルはもう声を堪えることはできなかった。
 目の前が霞むような激しい快感に、体が震える。弾かれたように体が撓ったが、それは逃げたいからではなかった。その快感をより強く、より深く味わおうと、ウリエルの舌をより敏感な部位に導こうと勝手に体が動くのを……止められないだけだ。甘い痺れが全身を包んで、羞恥の気持ちとは無関係に淫らに呼吸が乱れていく。

「まだ……こわいですか? やめて欲しい?」

 その言葉に、サキエルはただ首を振るしかできなかった。
 そんなこと、聞かないで。
 そう叫びたい心地にさえなっている。
 問いかける言葉は変わらずに穏やかだったけれど、ウリエルはもうその手を止めようとはしなかった。サキエルのシャツのボタンをすべて外すと、上着ごと脱がせ、休むことなく下半身を包む衣服をも開き始める。
 今はその性急さの方が……心地良い。

「やめないで……やめないでください。このまま……あ……っあああっ」

 戒めを解かれるように昂ったサキエル自身が暴き出される。
 コクトーに伴われてこの宿を訪れ、ウリエルもまた夜を待ちきれずに早々と部屋で待っているのだと知った瞬間から、ずっと熱を帯びて疼き続けてきたその欲望の証を撫で上げられて、サキエルは呻いた。
 まるで体が浮き上がっていくような感覚。
 馬乗りになったウリエルに疼く部位を擦りつけるように腰をせり出して、サキエルはその昂ぶりを包み込む手のひらに射精していた。

「うっ……ああっ……ん……ぁ……ふっ」

 精を放ってしまってからようやく、サキエルはじっと見下ろしているウリエルの視線に気づいた。

「ごめんなさい。……私だけ……達してしまって……」
「いいんですよ、あなたは……とても可愛らしかったから……」

 今にも泣き出しそうなサキエルの顔をそっと撫でて、ウリエルが静かに言った。
 愛しいものを見つめるように注がれるそのまなざしの穏やかさを感じ取っても、もう焦れる気持ちは湧き上がってこなかった。
 今はただ、そのまなざしに見つめられることの幸福に酔っている。そして同じ心地良さを、ウリエルにも味わって欲しいと願っていた。
 だからウリエルもまた服を脱ぎ、ぴったりと重ねられて触れ合う素肌の温度を感じた時も、手を伸ばして触れたウリエルの胸の奥に、自分と同じように早鐘のように脈打つ心臓の鼓動を感じたときも、もうおそれを抱くことはなかった。
 ウリエルの指が解き放ったばかりの精液に潤された足の間に忍び入り、その奥深くで熱く火照っている窄まりを探り当てたときにも、感じていたのは羞恥ではなくむず痒いような悦びへの期待だった。

「ああ、ウリエルさん……そこ……すごく……気持ちいい」

 精液をまとった指が、ぬるり、とその窄まりに潜り込んで来たときには、少し息の詰まるような違和感があった。体の奥へと続く通路の、思っていた以上の狭さをその違和感が教えてくれる。
 指を一本挿し入れられただけでこれほどの圧力を感じるのだ、昂ぶった牡の証で貫かれるときには、おそらく悲鳴を上げるほどの苦痛があるのだろうと予感する。
 でも……きっと堪えられるだろうと思った。
 ウロボロスの快楽人形として作られたからではなく……ウリエルに愛されることを、この上なく心地良いと感じるから。
 だから堪えられる、と。

「苦しいのでは……?」
「少し……。でも……厭じゃないんです。あなたを迎え入れることができるのだと思う。そうして欲しいんです。あなたには私の体を味わいながら達して欲しいから……」
「辛ければ、そう言うのですよ? それで止められるかどうか、あまり自信はありませんが……」

 そろそろと指が引き抜かれた。
 もっと大きく足を開くように促されて、ウリエルがその間に割り込んでくる。指で愛撫され少しばかり解されてはいたけれど、張り詰めた肉茎の硬さを押し当てられたときには全身に鳥肌の立つような衝撃が走った。
 声を発することもできないほどの激しい痛みが奥へ、奥へと這い登ってくる。サキエルの肩を掴んだウリエルの手にぐっと力が込められた。

「あ……っ、や……ぁ……あっあぁーっ」

 反射的に苦痛から逃れようとしていたけれど、しっかりと抱きしめられてそれも叶わなかった。溢れ出る涙のせいで、視界は白く輝きながら滲んでいる。
 やめて、と言っても、もうウリエルを止めることはできないのだろう。穏やかにサキエルを見守っていたそのまなざしに荒々しく火が点り、ウリエルもまたその欲望の渦中に身を投じているのだ。
 その苦痛に激しく身を震わせながら、サキエルは同時に、さっき精を放ったばかりで項垂れていた自らの牡がむくむくと質量を増していくのを感じ取っていた。
 そのことにウリエルは気づいていないのかもしれない。さっきのようにその昂ぶりに触れようとはしなかった。もはや乳首に繰り返されていたくちづけもなく、サキエルを揺さぶっているのはただ後孔に繰り返される重苦しい刺激だけだ。
 それなのに……今もサキエルは強い快楽のさなかにいる。
 さっき精を放った時の鋭角的な快感とは別の、もっと深く濃密な陶酔に意識のすべてがずぶずぶと沈んでいくような、そんな感覚だ。
 苦痛はただ、意識と肉体のほんの表層の部分を苛んでいるにすぎない。
 繰り返された抽挿の末に肉体の奥深い場所に迸り出たウリエルの欲望の熱を感じ取って、サキエルは核を入れられて目覚めて以来ずっと求め続けてきた手応えが、この強烈な悦びなのだと悟っていた。
 ただ性の快楽を供するためじゃない。
 ウロボロスの快楽人形が生まれてくるのは、こうして愛されるためなのだ。



 寝台に横たわっているサキエルは眠っているように見えた。だが、それは眠りではなく、今は意志のない人形にもどっている状態らしかった。
 コクトーによって作り出された人形の肉体には意志と呼べるものは宿っておらず、その内に埋め込まれた〈核〉と呼ばれるものが、人工的に作り出された肉体に生命を吹き込んでいるのだという。
 今日、サキエルの体に埋め込まれた核はまだ未完成のものだった。仮の核は一日とたたずに崩壊し、そのあとサキエルは核を埋め込まれる前の、意志がなく、自ら行動することもできない人形にもどってしまう。
 それは人形を依頼したときにコクトーからも聞かされていたし、何度も愛しあったあとにサキエル自身の口からも語られたことだった。
 だがそれを目の当たりにしてもまだ、ウリエルにはそれを完全に理解したとは言えなかった。
 触れると、サキエルはかすかながら反応を示す。ぼんやりと瞼を開けることさえあった。それはまるで眠いのを堪えてウリエルを見上げて、何かを訴えているかのような表情だった。

「私が眠ってしまったら、コクトーが来ると思います。そして、ウリエルさんの好みにぴったり合うように、私の体を作り替えてくれるはずです。だからきっと……次に目覚めるときはきっと、もっとウリエルさんに愛されるようになっていますよね」

 そろそろ核が崩壊を初めているのだと気づいていたのだろう。夜半過ぎにサキエルはそんな話をしていた。
 その日が待ち遠しい――とも言っていた。
 それはまるで情人との逢瀬を待ち焦がれるような口調だったが、言葉のどこかに痛みを伴う切なさが込められていたようにも思う。

「どこも変えられなくなどない。このままでいたい……と、素直にそう言えば良かったのに……」

 サキエルを見下ろして、ウリエルはそう小さくため息をついた。
 ウロボロスの人形は、依頼者が快楽を満たすためだけに生み出される。……そのことを、サキエルもまた知っていたのだろう。そして依頼者であるウリエルに満足してもらおうとずっと気持ちを張り詰めていたに違いなかった。
 コクトーが初夜の心得だの作法だのを説いたというわけでもないのだろうが、そこにはウロボロスの快楽人形を欲する男の欲望とはこういうものだろうと類型的に断定する思いが存在していたように感じられるのだ。
 一夜を共に過ごしたサキエルはいじらしく、可愛かった。しかし必ずしもそれは彼の本質ではないのだろう。初めての情事に怯えていたことも、羞恥に頬を赤く染めていたことも、演技というほどに作為的なものではなかったのだろうが、サキエルの心のどこかに自分自身をさらけ出すことを躊躇う気持ちがあったのだとウリエルには思える。
 そうして従順で物分りのいい、初々しい人形であることを必死に装って、素直に自分の気持を言い出すことのできなかった意地っ張りな側面の方が……ずっとサキエルらしい、という気がした。
 まず仮の核を入れて人形と一夜を過ごし、不満があればコクトーは依頼者の好みに応じて人形の体にいかようにも改変してくれるのだという。それは巷に氾濫している噂の中でも繰り返し語られていることだった。だからコクトーは、決して依頼者を失望させるとなしに、最高の人形師と呼ばれ続けているのだ。
 こうして核を失ったサキエルを見下ろすまでは、ウリエルもまた、ウロボロスの快楽人形とはそういうものなのだろうと思っていた。依頼者の望み通りの姿かたちと、望み通りの行動とを約束してくれる存在なのだ……と。
 だがそれはウリエルが求めている〈伴侶〉とは、少し違っている。
 ただこの華やかな宿の部屋で一夜を過ごす男娼を買ったわけではない。サキエルが生涯を共に過ごす伴侶となってくれるのなら、ただ性の愉しみのためだけに存在させるのは勿体ないよう気がするのだ。
 もっといろいろな時間を、共に過ごしたい。
 例えば、あまりにも慌ただしい仕事を手伝ってもらいたかったし、そこでウリエルが悩みを抱えたときには支えとなって欲しいとも望んでいる。一緒に旅をするのも悪くはない。訪れた先で集めた噂話をサキエルと語り合うのも悪くはないだろう。
 そういう時間を一緒に過ごしながら、サキエルが少しずつ、自分の気持を素直に口にできるようになるのを待つ方が、何もかもをコクトー任せにして一足飛びに理想の情人を手に入れるよりも、もっと幸福感をもたらしてくれるような気がするのだ。
 ……いや、もちろんそれは絶対という言葉は通用しない賭けのようなもので、サキエルがこの先ずっと意地を張り続ける可能性も、皆無とは言えないのだが。

「そういうのも、悪くはないと私は思うんですがね、あなたはどうです、サキエル?」

 返事をすることはないと分かっていたけれど、ウリエルはそう問いかけずにはいられなかった。
 でも、それでいいのだと言う気もする。
 もし返事をすることができたとしても、サキエルが素直に本心を語るとは思えない。
 そのことも……分かっていた。

(分かりますよ、だって、あなたは私の分身だから……)

 扉を叩く音がして、ウリエルは顔を上げた。
 コクトーが来たのだろう。
 サキエルが言っていたように、人形を仕上げるための意見をウリエルに求めるに違いなかった。
 ――だがもうウリエルの答えは決まっていた。



「じゃあ結局、ウリエルさん、そのまま人形連れて帰ったの?」

 ニコルは朝食のスープを美味そうにすすりながら、テーブルの向かいに座るコクトーにそう声をかけた。コクトーの顔を見れば、一睡もしていないのは明らかだった。

「最終的な核を入れる作業をしましたから、そのまま――というわけでもありません」

 コクトーはそう小さく答えた。
 サキエル……と名づけられた人形は、そろそろ宿で目覚めているころだろう。そしてサキエルを見守りながら、ウリエルもまたコクトーと同じように眠気を堪えているに違いなかった。

『このまま、最終的な核を入れていただきたいのです』

 人形の仮の核が崩壊したあとに部屋を訪れたコクトーに、ウリエルはそう告げた。
 サキエルと名付けた人形の、どこにも手を加える必要などない。すぐにでも核を入れてもらって連れて帰りたい、と言い出したのだ。

『最終的な核を入れる作業はいつでもできます。但し、その後はもう改善の要求に応えることはできません。そのことはご理解いただいていますか? 慌てて結論を出されるより、二、三日お考えになってはいかがです』

 これまでにも依頼者から同じような要求をされたことはあった。だが、正直なところコクトーはウリエルがそれほどすんなりと人形を受け入れるとは思っていなかった。
 もともとウリエルは男色家というわけではなさそうだった。ウロボロスの快楽人形との情事を目当てにしていたわけでもなく、噂を聞いて興味本位で人形を作らせようと思い立ったという男である。これまでの依頼者とはひと味も二味も違っていた。依頼に訪れたときのウリエルの行動を考えても、もっと素っ頓狂な要求を突きつけられるのではないかとコクトーは内心びくびくしていたのだ。
 そして、改善など必要ないという要求を……警戒する気持ちも捨てきれなかった。
 容易く人形の存在を受け入れる依頼者ほど、容易く人形を見限るのだという印象を、コクトーはこれまでの依頼者から受けていたからだ。
 ウリエルはじっくりと時間をかけてサキエルとの関係を育んでいくことを望んでいるのだと言っていたが、その心境を推し量ることはコクトーには難しかった。そんな穏やかな関係を望んでウロボロスの快楽人形を欲する男とは……あまりにも縁がなさすぎる。ウリエルという人物をもっとよく知っておくべきだったという後悔がじわじわと湧き上がってきたが、結局ウリエルの要求に押し切られることになった。
 夜中のうちに、コクトーはサキエルを宿に残したまま工房に戻り、すでに最終工程を経て人形の体内に埋め込むばかりになっていた核を携えてまだ宿へと向かい、早朝にようやくその作業を終えたところだった。
 もちろん一睡もしていないし、宿と家を行ったり来たりで疲れ果てていた。
 家に帰ってから寝室へ直行しなかったのは、やはりまだ心のどこかに、これで良かったのかと迷う気持ちがあったからだった。何の屈託もなく朝食に舌鼓を打っているニコルを見ていると、そういう迷いが払拭されるのを感じる。

(ウリエルさんが欲していたのも、こういう手応えだったのかもしれない……)

 ぼんやりとそんなことも考えていた。
 その相手としてウロボロスの快楽人形が相応しいのかは分からないが、それならば、少しウリエルの気持ちに歩み寄れるような気がした。

(でも……ウリエルさん、サキエルに仕事を手伝わせれば楽ができると考えているのなら、それは間違いですよ)

 結局、ウリエルに向かっては言い出すことのできずに飲み込んだその言葉が、ニコルを見ているうちにまた浮かんできた。
 ニコルが助手を名乗るようになって久しいが、はっきり言ってそれは名ばかりのもので仕事が減ったという感覚はまったくなかった。ウロボロスの快楽人形を作る仕事は、何も知らないド素人が一朝一夕にお手伝いできるようなものではない。
 そして多分、執事の仕事だって事情はさほど変わらないだろう。
 ウリエルは熱心に仕事を教えるつもりになっているようだったが、当面はサキエルもニコルと同じ程度にしか役には立たないに違いなかった。そしてその間は、サキエルに仕事を教えるという〈新たな仕事〉がウリエルにずっしりと伸し掛ることになるのだ。
 数日後にはまた仕事で外国へ行かねばならないと言っていたウリエルの多忙な日常は、サキエルという情人兼助手を抱え込んだことによってさらに忙しいものになるのだろうという、確信にも似た思いがコクトーにはある。

『またホルテンシュタットにはたびたび立ち寄ることになると思います。その時にはサキエルを連れて工房にお邪魔しますよ』

 別れ際、ウリエルは徹夜明けの腫れぼったい目をきらきらと輝かせてそう言った。
 その言葉通りに再び会う機会があるのかどうかは分からない。
 だがコクトーはそのときに二人の関係がどう変わっているのか、見てみたいという気持ちにもなっていた。






(了)


by 須藤安寿 ¦ 18:44, Thursday, Feb 11, 2010 ¦ 固定リンク ¦ コメント(0) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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