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◆0-3 依頼人/執事・ウリエル

 ――そして、瞬く間に半年が経過した。

 コクトーの作業は順調に進み、ウリエルが注文した人形はほとんど完成したと言ってもいいところまで仕上がっている。
 が、このまますんなり仕事が終わるとは限らない。
 実際にウリエルに仮の核を入れた人形と一夜を過ごしてもらい、不満があれば、依頼者の要望に応じて改善するという……コクトーの人形作りの中でもっとも厄介かつ面倒くさい過程が残っているのだ。
 人形の姿かたちを変えるのは時間と手間のかかる作業なのだが、コクトーが〈厄介で面倒くさい〉と感じるのは決して作業そのもののことではない。身長をあと五センチ低くしてくれ、とか、ここに黒子ほくろをつけてくれ、とか、きっちり具体的に言ってくれれば例え時間や手間がかかっても実現は困難なことではない。これまでにはそんな依頼を受けたことはないが、ご希望とあれば尻尾を生やす事だって猫耳つける事だって不可能ではない。だが大抵の場合は、

「何となくしっくりこない感じがするな。顔……そうだな、顔のせいかな。確かに私好みの綺麗な顔立ちなんだが、もう少し可憐な感じが欲しいというか……こう、私だけしかすがるものがないというような、儚げな感じにはできないかね」

 ……といった、曖昧この上ない要求を突きつけられることになるからだ。
 極端な例では、

「言うなれば現在の状況は麗らかな春の日差しの中で芳しい一輪の白い花を見つめているような心地だ。これはこれで悪くないが、できうればそこに艷やかな蝶がひらひらと舞い込んできたというような、はっと心を騒がす驚きが欲しいのだが……可能かね」

 ……などと言われたこともあった。
 あの時は曖昧に笑みを浮かべて頷いてみせたが、依頼者が何を望んでいたのがなんだったのか、コクトーには今も不明のままだ。そもそも改善の要求が人形の容姿に関わることだったのか、それとも性的な機能に関することだったのか、あるいはもっと別の何かであったのかも……よく分からない。
 結局のところ、依頼者もまたはっきりと不満の原因を特定できていないことが多いということなのだろう。コクトーが人形を作り続けてようやく得られた答えはそれだった。依頼者のその日の気分によっても、好みは微妙に変わってくる。少しずつ修正を加えて依頼者に確認を取ることを繰り返していくしかないのだ。
 そしてコクトーが〈稀代の人形師〉などと呼ばれているのは、最終的に依頼者が『私の望んでいた通りの人形となった』と誤解しているからなのだろう。コクトーは世間で人形師など詐欺師も同然の稼業と呼ばれていることを、全面的に否定しようとはとても思えなかった。依頼者が自分でも言葉にしたり、描き出したりすることのできない理想の情人を、依頼者に代わって表現することこそが人形師に求められる資質なのだ。
 ウリエルは人形の外見に関しては、ほとんど注文らしい注文はしていない。もともと自分の分身のような人形が欲しいという依頼でもあったから、コクトーは人形の基本的な外見をウリエルになぞらえて作っていた。
 ただし、そっくりそのままというわけではない。
 まだ二十歳そこそこで、陶器のように艶やかな白い肌をしたウリエル……とでも言ったところか。目鼻立ちにもそれぞれに少しずつ手を加え、優美な印象となっていた。整った顔立ちではあったが、、全体として見たときの印象はだいぶ違っている。

「ご気分はどうです? そろそろ出かけますよ」

 コクトーは昨日までは〈シャルル〉と呼んでいた人形にそう声をかけた。
 すでに人形の体内には仮の核が埋め込まれていたから、もうシャルルという名で呼びかけることはない。
 この人形に名前を与えるのは、コクトーではなくウリエルの役目なのだ。

「……ご主人……様、に、お目にかかる……ことが、できる、の、ですか?」

 人形は工房の中心に置かれた椅子に座ったまま、顔だけをわずかに動かしてコクトーを見上げた。
 人形の動作は少しぎこちない。発音も滑らかとは言いがたかった。
 だが初めて核を入れた時の人形としては、それで及第点というところだろう。自らの意思で体を動かし、言葉を発することに、まだ馴れてはいないのだ。今もまだこの人形は核を入れる以前の――外部からの刺激に反応して反射的な動作をすることはあっても、自らの意思で行動することはできない――ただの人形ではなくなった自分を完全に自覚してはいない。
 ただ椅子に座っているだけでなく、立ち上がって、歩くこともできる。いつも興味深げに眺めていた人形作りの道具類に歩み寄っていくことも、手を伸ばしてそれらに触れることもできるのに、まだそのことにも気付いてはいないようだった。

「ウリエル様……それがあなたの主となる方のお名前です。ウリエル様は今夜、あなたに会いに来てくださいます。あなたはこれから私と一緒にウリエル様のお待ちになっている場所へ行くのですよ」
「私に……会いに来てくださる……」

 コクトーの言葉をなぞるようにその言葉を口にして、人形の頬や口元がかすかに震えた。それはまだ笑みと呼ぶにはいくぶんぎこちなさを残していたが、ほころんだ顔には喜びをかみしめるような初々しい恥じらいが滲んでいる。

「支度をして、出かけましょう。ウリエル様があなたと過ごす最初の夜のために、部屋を用意してくださっているのです」

 そう言って、コクトーは人形に立ち上がるように促した。
 今日、人形に着せるための服はもう用意してあった。
 もちろん、これまでも人形を裸で転がしておいたわけではない。人の形が整い始めてからは、作業に必要なとき以外はきちんと衣服を着せ、身動きができなくとも人間を扱うのと同じように〈シャルル〉と接するのがコクトーのやり方だった。そのために人形用の衣服がある程度揃えてある。
 だが今日着せるのは、仕立て上げたばかりの真新しい服だ。
 これもまた、コクトーが人形を作るたびに繰り返してきた儀式のようなものだった。人形を作るたびにその人形にもっとも相応しいと思える服を仕立てさせ、依頼者が初めて人形と対面するときにはその服で装わせている。
 この人形のために用意したのは裾の長い上着だった。たわわに実った葡萄の文様を織り込んだ美しい濃紺の布地で仕立てられている。屋敷で執事として仕えるウリエルの伴侶となるのであれば、あまり派手な衣服は相応しくないだろうと考えて仕立てそのものはごくシンプルで控え目なものにしてあった。
 それでも人形が新しい上着を身につけると、肌の白さが際立ち、目を見張るほどに凛々しく、端正な印象だった。
 ただ飾り物の人形然と美しく整っている……というだけではない。
 ウリエルの顔立ちをなぞらえた人形の容姿には機知に富んだ内面を表すような、知性的な親しみやすさのようなものが感じられる。まだその内面はほとんど空白に近いものであるはずなのに、この人形がすでに外見の年齢と釣り合うだけの年月を過ごしてきたかのように錯覚させる。



 約束の時間まではまだかなり余裕があったが、ウリエルは早々と屋敷を抜け出し、コクトーが人形を連れてくるのだという宿に姿を現していた。すでに部屋も手配させて、あとは夜を待つばかりとなっている。
 中央広場に近いその宿は、ホルテンシュタットでも五指に入る豪奢なたたずまいである。……が、立地そのものにはさほど恵まれてはおらず、窓を開ければきらびやかな歓楽街を裏から眺めるような場所に位置していた。もともとそういう狙いだったのか、それともその立地のせいで已む無くその状況を受け入れているのかは謎だが、客層には明らかに独特の偏りがあった。貴族や裕福な商人などが娼婦や男娼を呼び、一夜のお愉しみのために使う場所として、その筋では有名な宿なのである。

「ふー、やれやれ」

 窓の外の景色をぼんやりと眺めて淹れたての紅茶を飲みながら、ウリエルはそうため息をもらした。
 コクトーは単に性の玩具ではなく、永遠の伴侶と呼べる存在を生み出すことを目的として人形を作り続けているのだという噂を耳にしたことがある。ウリエルがコクトーという人形師に強い関心を持っているのは、人形の出来が良いと誉めそやす噂よりも、むしろその永遠の伴侶という言葉に惹かれるものを感じたからだった。
 だが、人形との初めての一夜を過ごす場所としてコクトーが指定したこの場所は、永遠の伴侶という言葉にはどうにもそぐわない印象だった。
 コクトーに関する噂には、人形を作る傍らで、男娼として客をとっているとまことしやかに語るものもあった。まるで人形のように美しい人形師がいかに淫らに男を誘い、どれほど妖しい行為で快楽をもたらすか……まるでその場に居合わせたとしか思えない臨場感たっぷりに語るその噂こそが、世間に広く知れ渡っているコクトーの印象像を形作っているのだろう。この宿は、そういう噂にこそ相応しい舞台と言えそうだった。
 例えばこの宿で一夜の快楽に溺れる男たちだって、花嫁を迎えるときにこんな場所を選びはしないだろうし、自分の娘を嫁にやるときに相手の男がこの宿で初夜を過ごしたいなどと言い出せば激怒するに違いない。それは相手が女だからではない。同じ性の行為を通して求めていても、生涯の伴侶となる相手と、一夜の快楽の相手とでは欲するものがまったく違うからだ。
 だがあの美しい人形師は、そういう不自然さに……まったく気付いていないようでもあった。そしてそれはコクトーが、そんな相手にいまだ巡り合えずにいるからなのかもしれない。

「さて……私の情人となってくれるのは、いったいどんな子なのでしょうかね」

 そうぽつりと呟いて、ウリエルはまたお茶を口に運んだ。
 コンコン、と扉を叩く音が聞こえたのはそのときだった。

「はい、どうぞ。お入りください」

 ルームサービスなど頼んではいないし、コクトーが人形を連れてくると言っていた約束の時間にもまだ早い。今日ここに(屋敷を抜け出して)来ていることは周囲の者にも秘密にしてあったから、誰かが部屋を訪ねてくるようなことはないはずだ。……と、いぶかしむ気持ちはあったが、ウリエルはとりあえず反射的にそう声をかけて腰を上げていた。
 そろそろと扉が開き、二十歳ほどと見えるほっそりとした青年が申し訳なさそうに顔を覗かせる。
 その青年を見たときにウリエルは、どきり、とした。
 どこかで会ったことがあるのではないか。
 懐かしさにも似た、あるいは、ずっと探していたものを見つけ出したような……そんな気持ちがこみ上げてくる。
 いや、こんな青年と出会ったことがあるのなら、それを忘れるはずがない。
 ――いわゆる、一目惚れというやつだ。
 目の前に立っているのがコクトーの作った人形であり、そもそもその顔は懐かしさを感じて見つめているウリエル本人をなぞらえたものなのだが、ウリエルにはそんなことに気付く余裕はまったくない。

「あ、あの……ウリエル様、ですか? 私は……その……コクトーの工房で……」

 青年がおずおずとそう声をかけた。自分がウロボロスの快楽人形であるとは言い出せず、ウリエルが返事をするのを待っているようにも見える。

「……」

 が、ウリエルは青年を見つめたまま、凍りついたように動かない。
 否、動けなかった。
 じわじわと染み込むように、目の前に立っているのがウロボロスの快楽人形であり、ウリエルの伴侶となるために作られた存在なのだと事態が呑み込めてくる。青年の顔が自分の若いころによく似ているのだということにも、懐かしさを感じたのがそのせいなのだということも分かってきた。

「あ……あの……?」

 再びおずおずと、青年が言葉を発する。
 その青年の困惑しきった顔に、ウリエルは静かに笑みを向けた。

「私がウリエルです。ずっと……あなたを待っていましたよ、愛しい人。おひとりでいらしたのですか、てっきりコクトー様といらっしゃるものとばかり……」

 呼びかけるべき名前さえも分からない。だがウリエルもまた、彼をウロボロスの快楽人形とは呼びたくなかった。
 まるで綱渡りをするときのような用心深さで歩み寄ってくる人形を、じっと見つめる。
 もう一歩足を進めれば、体が触れ合うだろうというところまで来て、人形は足を止めた。まるで許しを得なければそれ以上近寄ることはできないのだと訴えるように、静かにウリエルを見上げる。

「コクトーは別の部屋で待っています。お約束の時間にはまだ早すぎると言われたのですけど……どうしても待ちきれなくて。それにきっと……あなたも、ウリエル様も私を待っていてくださると分かっていたから……」
「分かっていた……? 私に会ったこともないのに、ですか?」
「分かります、それくらい。だって私は……ウリエル様の分身ですから」

 そう、笑みを向けられてウリエルは少したじろいだ。それはただの屈託のない子供の笑みとは別のものだった。男娼が客に媚を売る時の笑みとも違う。
 自分の分身をと望んでおきながら、なぜそんな簡単なことも分からないのだ、と責める気持ちをごまかす笑みだ。
 ウロボロスの快楽人形――その呼び名に、やはり自分もまた縛られていたのだろうと気付く。性の快楽を与えるための美しいだけの人形が送り込まれてくるのではないかと、心のどこかでは怖れていたのかもしれない。
 だがウリエルの前にいるのは、そんな下衆な呼び名とはまったくそぐわぬ印象の青年だった。知らぬ者が見れば、生きた人間ではなく人形だなどと気付くこともあるまい。濃紺の上着をきちんと身につけた織り目正しい身なりは貴族の子弟と言っても通りそうな上品さで、性の玩具としての淫靡な雰囲気など、まったく感じ取ることができない。
 かすかに潤んでウリエルを見つめる目だけが、まるで恋をしているように輝きを宿していた。

「ウリエル様……などという呼び名は、少しくすぐったいですね。私はあなたをパートナーと思っているのですから、ただ、ウリエル、と名前を呼んでくれれば良いのです」
「でも……」
「私に敬意を示してくれというのなら、そうですね……ウリエルさん、くらいではどうです?」
「……ええ。では……ウリエルさん、とお呼びします」
「あなたのことは何と呼びましょうか。〈私の愛しい人〉と?」
「ウリエルさんがそうお望みなら、それでもいいのですけれど……でも……」

 そう言って、ちょっと口ごもる。
 戸惑いの表情。
 その申し出にどう応えればいいのか分からないというように視線がさまよったが、もう一度ウリエルを見上げたときには、また笑みを形作っていた。今度は少し切なげに……失意を押し隠すような笑みだ。

「コクトーはあなたがきっと名前を下さると言っていたから……私はずっとそれを楽しみにしておりました」
「では、サキエルと呼ぶのはどうでしょう? 智天使の名です。ウリエルのパートナーとしてはなかなかの悪くない組み合わせだと思うのですが」
「え……?」

 そんな言葉をかけられるとは思ってもみなかったのだろう。そのウリエルの申し出に、人形の表情がびくり、と震えた。

「コクトー様にあなたを作っていただいているこの半年のあいだ、私はずっと外国で仕事をしていて、一度もあなたに会いに行くことができませんでした。でも……いつもあなたのことを考えていたのです。出会ったら、あなたに何と呼びかけようか、と」

 そう言ってウリエルは、人形の……いや、サキエルの頬にそっと手を伸ばす。緊張のせいかまだ少し強ばっているその頬をそっと撫でて慈しみたかった。
 だがその手が触れるよりも早く、サキエルは小さく息を飲んでウリエルに歩み寄り、そっとその胸に顔を埋めた。

「ありがとうございます、ウリエルさん」
「気に入りましたか?」
「素敵な名前です。でも、お礼を言いたいのはそのことだけじゃないんです。あなたがずっと私のことを考えてくださったことが、嬉しいから……」

 サキエルはウリエルの胸に頬を摺り寄せるようにして、ウリエルを見上げていた。うっとりと陶酔するようなまなざしが、キスをねだっているのだと推測するのは難しいことではない。
 そのサキエルの表情を見下ろして、ウリエルはごくりと唾を飲んだ。
 貴族の子弟とも見えるその上品ないでたちのままに、サキエルの表情にウロボロスの快楽人形と呼ぶに相応しい、官能的な艶めきが湧き上がってくる。

「サキエル……」

 胸の詰まるような息苦しさを感じて、ウリエルはそう言葉を発した。その声が、自分でも気恥ずかしくなるほどに上ずっている。
 実は、勢いに任せてウロボロスの快楽人形を作ってくれと依頼したものの、ウリエルはこれまでに男と肉体関係を持ったことはないのだ。
 抱きつかれ、そのしなやかな髪から立ち上ってくるほのかな香料の匂いを嗅ぎながら紛れもない欲望を感じていたし、体はもうとっくに反応を示し始めている。自分でも驚くほどに硬くなって、疼き、サキエルを味わうことを望んでいる。だがその衝動的な欲望に身を任せることにはまだ迷いを捨てきれない。
 サキエルが男の肉体を持っているからというだけではない。たった今、出会ったばかりの相手と互いを知り合うことなく深い関係になることには、どうしても違和感がつきまとう。

(サキエルを身近に置くだけ……というわけには行かないだろうか)

 そんな考えがふと浮かんだ。
 ウリエルが仕事を教え、共にタナトス館の女主人に仕え、仕事を終えたあとはふたりでお茶でも飲みながら語り合って静かなひと時を過ごす。ウリエルが語る話に、サキエルならばじっと耳を傾けてくれるに違いなかった。そうして支えあうパートナーでいるという選択肢も……あるのではないか。

「私では、ご不満……でしょうか?」

 だが不安そうにその身を摺り寄せてくるサキエルが、自分と同じように昂ぶり、疼いているのだと気付いたときに、そんな選択肢を選ぶことはできないのだと悟った。いや、それは選択肢でさえなく、ただの逃げだ。
 性の契りを結ぶことはサキエルにとって自らの存在に確かな答えを得るための、不可欠な要素なのだから。そして、ごく当たり前の青年と恋をすることでもなく、ただ飾っておくための意志のない人形ではなく、コクトーの作るウロボロスの快楽人形を欲したのは、他ならぬウリエル自身なのだから……。
 何よりも、まるでその欲望を恥じるように震えているサキエルの初々しさが、たまらなく愛しいから。

「いいえ。こうして出会えたのが、この名前を贈るのが……あなたでよかったと思っています……サキエル」

 そう言って、ウリエルは静かにサキエルと唇を重ねた。まずは唇を触れ合わせるだけの軽いキス……そう思っていたのに、触れた瞬間にその柔らかな感触に我を忘れた。
 ウロボロスの快楽人形の何がこうまで人々を惹きつけるのか、その人形師であるコクトーが求める永遠とは何か。サキエルを待ちながら思い巡らせていたそんな考えのすべてが、白く意識を滲ませる輝きに飲み込まれて消えていく。
 出会ったばかりの男を抱くこと。その相手が異端の技で生み出された人ならざる生命であること。そんなことももう、何の意味もない。すべての躊躇いを振り捨ててもいいと感じるほどの強い衝動と、この心地良く温かい、震える肉の感触が……すべての答えなのだと思えた。
 細い背に手を回して、しっかりとその体を抱きしめる。
 待ちきれないというように唇を開いて差し出される小さな舌を吸い、そこにまとわりついて溢れ出てくる唾液を舐め取っていく。ぴちゃり、と淫らに湿った音を立てて蠢くサキエルの舌のずっと奥でもらされるくぐもった喘ぎ。
 ぴったりと押し当てられた下腹の昂ぶりが、ウリエルの欲望の証を探るように動いた。

「あぁ……ふ……んぁ……」

 その硬さと大きさをなぞって、サキエルの体が激しく震えた。
 自らの体がこの昂ぶりに貫かれるために作られたものであることを、サキエルはすでに知っているのだ。それは、人形の本能とも言うべきものなのかもしれない。
 すぐにでもサキエルの手を取って、触れさせたかった。サキエルを跪かせ、淫らに蠢く舌で、欲望に奉仕させたい。人形の体を味わうよりも先に、サキエルに自らを味わい尽くさせたいと感じている。

「ここ、気持ちいい……」

 サキエルがそう小さく言葉をもらした。
 彼もまた、今にも達してしまいそうなほどに勃起していたから、そこに触れられることを望んでいるのだろうか、と思った。だが……そうではなかった。おずおずと腰を上下させてウリエルの剛直を感じる行為そのものに、サキエルはその身を震わせて陶酔しているのだ。

「……あ……あなたの欲望にこうして触れているのが……すごく……気持ちいい」

 恥ずかしげに顔を染めてサキエルはウリエルを見上げた。
 その表情は今も笑みを形作ってはいたけれど、声の震えのせいで、それが心の底からにじみ出てきているものでないのだとウリエルには分かった。サキエルの本心はその整然ときれいに形作られた笑みの下に、隠されているのだろう。
 それとも、媚態と呼ぶにはどこか痛々しさの伴ったそのまなざしもまた、あの美しい人形師によって形作られた作為なのだろうか。コクトーには決して感じ取ることのできないだろうその不馴れなぎこちなさこそが、サキエルの本質……だと思うとき、すでにウリエルはその作為に飲み込まれているのだろうか。







次回最終話。
続きは今月下旬頃公開です。


by 須藤安寿 ¦ 00:11, Friday, Jan 08, 2010 ¦ 固定リンク ¦ コメント(0) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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