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◆0-1 依頼人/執事・ウリエル

 年がら年中、工房に閉じこもって人形作りに没頭しているという印象があるが、コクトーにも休日というべき日がないわけではない。
 そしてその休日は、いざ始まると……案外長い。いや、休日の定義もさまざまだから一概に長いの短いのとは言えないものなのかもしれないが。
 コクトーの休日は不定期にやってくる。そして一日と経たずに終わることもあれば、何日も続くこともあった。とりあえずこれまでの記録は、ニコルが記憶している限りでは最長が三ヶ月と四日だ。たまたまあの時は運良く依頼が舞い込んできて休日もそこまでとなったわけだが、依頼がなければそのまま半年、一年、と果てしなく続く可能性だって皆無ではないということだった。
 それを考えると、ニコルはどうしても背筋がぞわぞわしてくる。
 例えそれがわずか半日で終わる休日であっても、ニコルにとっては、いたたまれないほどに長いと感じられる時間だからだ。
 ……長いというより、終わりが見えないのだ。
 普段は飯だと声をかけてもろくに返事のないコクトーが、休日ともなれば朝から何時間も広間のテーブルに邪魔くさく陣取っていたりすることになる。まあ、考えてみればそもそもこの家の主はコクトーなのだから、どこで何をしていようが勝手……というのが道理なのかもしれないが、邪魔なものは邪魔なのだ。昼間っから暇そうにうろうろしているくせに特別なサービスがあるわけではなく、仕事の最中と同じく、起きる時間も食事の時間も寝る時間も気分次第だった。もちろんとばっちりを受けて生活のペースを乱されるニコルへの気遣いなどまったくない。
 読んだ本は出しっぱなし、唐突に立ち上がったかと思うとまるっきり見当違いの棚から順繰りに荒らしまわってポットと茶葉を探し出し、お茶を入れはじめたりもする。当然、お茶を飲んでも飲みっぱなしで、荒らしまわった棚を振り返ることさえしない。そしてまたふと手を止めたかと思うと、今度はその辺の紙っぺらにとんでもない勢いで思いついたことを走り書きし、まだ文字も乾かぬ紙っぺらもインクの滴るペンも、蓋を開けたインク壺さえそのまんま……と言う具合にやりたい放題なのである。
 そういう気まぐれにニコルは『コクトーの休日』の間、ずっと振り回され続けるのだ。ニコルには立ち入ることを許さない工房の一室に閉じこもってひとりで勝手にやりたい放題していてくれる仕事中の方が、その後を片付けて回る身の上としては全然楽だった。
 惚れた弱みという以外にはないが、ニコルもまた少年らしい淡い恋心を抱いてコクトーの休日を心待ちにし、その気まぐれとやりたい放題に振り回されつつ、

『コクトーと一緒にいられるだけでシ・ア・ワ・セ』

 ……とかなんとか、気恥ずかしくも思っていた時期だってある。
 が、それはきっぱりと過去の話だ。
 いくら差し向かいでコクトーを独占していると言っても、会話らしい会話も、ほとんどない。コクトーはたまの休日を有意義に過ごそうと考えているのか、大抵はお気に入りの本と首っ引きで向かい合っているばかりだ。ニコルもまた何とか間を持たせようと毎度コクトーの向かいに座って本を広げているのだが、ふとした折に視線が甘く交わるなんて嬉し恥ずかしのハプニングを期待してみても、そんなチャンスに恵まれることは滅多になかった。
 ようやくその滅多にないハプニングにありついたと思っても、次の瞬間に、

「勉強、進んでいますか」

 ……なんていう、それだけは言って欲しくない的な無粋極まりない一言を投げかけられたりもするのだ。
 ニコルとコクトーの間のテーブルの上には、常に作り物というにはあまりにもリアルな頭蓋骨(を象った壺)がででんと居座っている。しかもお互い開いているのは色鮮やかな人体解剖図と骨格標本が乱れ飛ぶホムンクルスの研究書に解剖学の図説本……である。
 いくら脳天気なニコルでも、この燦々たる状況に気づいてなお、甘ずっぱい恋心に胸をときめかせていられるほどおめでたくはできていなかった。

(これずっと続けてても……俺には、何の役得もないじゃねーか)

 ある日唐突に、そう気づいてしまったのだ。絵に描いた餅は食えないし、取らぬ狸の皮算用はどれだけ続けても一銭の得にもならず、見上げた空にたまたま葱背負った鴨が飛んでいたとしたって、撃ち落とすための鉄砲も石も持たぬ状況では指をくわえて見ていることしかできないのだというような……つまり、お預けを食らい続けている自分自身の立場の切なさに、だ。
 日ごろコクトーが相手にしている海千山千の依頼者たちの好む性の深淵から比べれば鼻で笑っちゃうくらいの可愛らしさながら、見つめているだけでは決して味わうことのできない「あんなこと」や「こんなこと」の存在を、すでにニコルは知っている。体験したことはないけれど、そういう噂話はよく耳にするし、はっきり言って興味津々だ。
 今はまだニコルは、養い親でもあるコクトーに向かって「好きだ」と言い出すことができずにいる。
 言ってもまるで相手にしてもらえないだろうという、かなり確かな予感がある。
 聞こえなかった振りをされるだけならまだいいが、そこでいつまでもニコルを子供扱いしているコクトーに『良い子のための性教育相談室(男色編)』でも繰り広げられたら目も当てられない。やはり一人前の男と有無を言わさず認めさせる何かがなければ、押し倒すところまではたどりつけないだろう。……と、思うからだ。
 それでも知っちゃった以上はやっぱり、見つめているだけでは満足できない。
 ニコルはただいま思春期真っ盛り。触りたい、ちゅーしたい、押し倒したい。っていうか、勝負はむしろ押し倒してからだろう……と妄想はノンストップでエスカレートし、「あんなこと」や「こんなこと」を試してみたくてうずうずしちゃうお年頃なのだ。
 しかも相手は『その美貌で悪魔をもたぶらかした男娼』とかなんとか言われているコクトーである。ただ気だるそうに座って人体解剖図を眺めているその姿だけで、見ている方は否が応でもそういう気分が盛り上がって来てしまう『人形よりも美しい人形師』なのだ。若さゆえに意気地もないが我慢も効かない今のニコルに、それを堪えろったって酷な話だ。
 だが、頭蓋骨の壺や人体解剖図や骨格標本越しに見つめているだけでは、そのうずうずも永遠に取らぬ鴨葱の皮算用を絵に描いたようなもの、夜中にこっそりひとりで愉しむひとときのための、罪悪感というスパイスをまぶした副菜おかずに過ぎなかった。
 ……要するに休日が長ければ長いほど、それに比例してお預けに耐える期間も長くなっているわけで、これは正直、かなりしんどい。ニコルがコクトーの休日のたびに――それがわずか半日であっても――長すぎる、さっさと次の仕事を始めてくれ、と感じるのは、そういう理由だ。
 そしてコクトーの仕事ぶりを考えれば、依頼がどうにかこうにか途切れずに続いていることの方が奇跡だった。
 コクトーは錬金術の技術を用い、巷で『ウロボロスの快楽人形』とも呼ばれる生体人形を作ることを生業としている。その名の示す通り、もっぱら性的な快楽を供する道具として用いられる人形だ。
 そもそも〈人ならざる人〉を作るその試みは異端の技である。しかもコクトーが作るのは男色の禁忌を犯して男に抱かれる男の人形だけだ。さらに時としてコクトー自らが依頼者に身をひさぐこともあると来ているから、二重、三重に始末が悪い。当然のように教皇庁から追われる身となって、人目を避けて暮らす羽目に陥っている。
 そんな状況だったから、おおっぴらに看板を出して客の目を引きつけるというわけにもいかない。日の当たらない場所で囁き交わされる噂話を頼りにこの家を訪れた依頼者だけを相手にしているのだ。
 それはまあ、致し方のないことだとニコルにも思える。
 もうちょっとマシな仕事をしてみてはどうかと言ってみても無駄だということは何年も一緒に暮らしていればよく分かっていた。ベタ惚れのニコルの贔屓目で見たってコクトーは人形を作って男と寝る以外のことには……正直何の取柄もないのだ。
 だがそういう状況を全部分かっていても、お預けを食らい続け、やりっ放しの散らかし放題の後を片付けながら、来るかどうか分からない次の仕事の依頼を待っていればニコルだって我慢の限界を超えて一言、

(俺にも一発や
(いや、それならそれでもう少し上手い商売のやりようってのがあるんじゃないの……)

 と、言ってやりたい気分になることだってあるのだ。
 コクトーの仕事は依頼者のご要望に沿って人形を仕上げてナンボのものだ。休日が長く続けば「あんなこと」や「こんなこと」のお預けに堪えるどころか、もっと生活に直結した危機が迫ってくる可能性だってあるではないか。
 こう言っちゃ何だが、コクトーは金勘定にもまるっきり才能がない。
 人形を一体仕上げるたびに依頼者からは目玉が飛び出るほどの大金をせしめているが、コクトーがよく愚痴っぽく漏らすように『錬金術師と言えども、粘土をこねて呪文を唱えるだけでウロボロスの快楽人形を作れるわけではない』のだ。
 一体の人形を作るには超特急で片付けても半年はかかる。コクトーの人形は人間の体の一部と依頼者の精液を主原料としているという話だが、リーズナブル(というか、基本的にタダ)なのはそのふたつだけで、それを培養したり形作ったりするために必要な薬液や、ガラス器、刃物といった道具の類までがお値打ち価格というわけではなかった。しかもコクトーは仕事に関しては物惜しみをするということをまるで知らない。いつも最高の材料と最高の道具を最高の状態で揃えて、完璧な仕事を目指さずにはいられない頑固な一面がある。
 例えば、

「今回の依頼人はあまり金払いよくなさそうだし、前金もさほど入れてくれなかったな。よし、ちょっと懐具合もキビシイし、気は進まないが若干お安いこっちの材料で間に合わせておくか」

 ……なんてな配慮は、コクトーの仕事にはまるっきり期待できないのだ。
 そして人形作りそのものには余人の口出しを一切許さないこだわりを見せるくせに、コクトーの勤労意欲そのものは決して高くはなかった。先の予定なんてものは何にも考えずにその場その場で精根尽き果てるまで仕事をし、気に入らないことがあれば平気で依頼人を叩き出したりもする。依頼があるから仕事をするし、依頼がないなら、それはそれで好きな研究に没頭していられるから、悪くない……と思っている節もある。そしてコクトーは間違いなく、その日に食べるパンがなくなるまでは蓄えが底をついても気づかないタイプだ。
 それもまた、ニコルにとっては苦悩の種だった。
 何も居直るように完全に待ちの姿勢を貫く必要はないではないか。
 錬金術師だ人形師だと言ってみたところで所詮はやくざな浮き草稼業。今は巷で少しばかり話題になっているから放っておいても依頼が舞い込んでくる状況だが、流行なんてあてにはならない。次の目新しい流行がやってくればあっという間に忘れ去られ、廃れていく運命だ。……となれば、稼げるときにしっかり稼いでおくのが基本じゃないのか。人形の依頼が来たときに、依頼者にお友達紹介キャンペーンで十%オフのサービスをちらつかせろとまで高望みをするつもりはない。せめて次の仕事に繋がりそうな伝手をさり気なく探ってみるくらいの営業努力をしろよと言いたいだけなのだ。
 ……いや、もちろん、ニコルだって今更そんなことをコクトーに提案するつもりなどなかった。そんなこと言ったって、どうせ聞く耳なんかありゃしないだろう。
 だとすれば、ニコルに選べる道はひとつだけだった。

「コクトーにできないなら、俺がやるだけだ! 俺が新しい仕事をとってきてやる!」

 意気地がなく我慢が効かないばかりでなく、無駄に熱くなりやすかったりもする若さゆえに、ニコルはそう決意していた。
 もはやそもそもの発端がなんだったのか、無駄飯食いの居候の分際でどうしてここまで恩着せがましい態度になっているのか、その辺りのことはもう自分でもよく分からなくなっているのだが、そんなことはどうでもいい。とにかくそう決意したのだ。
 師匠の至らぬところを補ってやるのも弟子の仕事だろう(多分)。
 そう……普段はすっかり忘れ去っているし、紛れもなく名ばかりの存在ではあるのだが、ニコルはコクトーの弟子なのだ。


 ……と、決意して早くも数日が過ぎた。
 その間ニコルは思いつく限りの場所をうろついてウロボロスの快楽人形や、コクトーの秘密の工房がこのホルテンシュタットにあるのだという噂を、さり気なく(注/あくまでも本人談)広めて回っているのだが、今のところまだ成果と言えそうなものはなかった。
 コクトーは相変わらず仕事を始める気配はなかったし、そもそも始めようにも仕事の依頼もないという状況であったが、本日は珍しく不在である。
 ニコルが昼食の片付けをしていて目を離した隙に、ふらりと出かけてしまったのだ。
 休日の間ずっと広間で寛がれていたのでは邪魔くさくてたまらないとも思うのだが、外出は外出で危険な兆候だった。何しろ、コクトーは一旦出かけてしまうといつ帰ってくるのかまったく見当がつかないのだ。そして大抵は朝帰りだ。
 薬屋の親父と延々お茶してたり、道具屋の店先でたまたま居合わせた別の客と刃物談義に興じているだけならまだいい。ついでに馬鹿高い東方伝来の秘薬だの掘り出し物の道具だのを衝動買いしてくるのも……たまの散財だと思えばあきらめもつく。
 だが、コクトーの外出がそれだけで終わっていないのは明らかだった。いくらマイペースなコクトーでも茶飲み話や刃物談義で朝帰りはありえない。
 今もまだ男娼まがいの真似をして客の袖を引いているのか、それとも決まった相手がいるのかは謎だ。それが金のためなのか、誰かと心を通わせたいからなのか……そういうこともニコルには分からない。だがコクトーがそうしてふらりと出かけていくのは、間違いなく(男との)情事のためだ。

(いっそ性欲持て余してるから……と言って欲しい気もする)

 半人前の無駄飯食いの居候の身の上としては、そうまでして金を稼がなきゃならないほど家計が苦しいとは思いたくないし、かと言って、コクトーが(ニコルの存在を華麗にスルーして)よその男に心の拠り所を求めているなんて考えるのは、もっと厭だ。

(俺がいるだけじゃ……駄目なのかな)

 そう考えるのは、あまりにも虚しい。
 それがここ数日間にわたってコクトーのやりたい放題を片付けている真っ最中であることもまた、虚しさに拍車をかけていた。

「はー、手のかかる師匠に惚れると疲れるぜ……」

 思わずそうため息を漏らして床にへたり込む。
 ひとりの男が家を訪ねてきたのは……そんな時だった。

「……大掃除、ですかな?」

 開け放った入り口の扉から、広間の真ん中にへたり込んでいるニコルを見やって、男はそう声をかけた。

「あれ、執事さん? なんでここが……?」

 ニコルは驚いて声を上げた。
 訪ねてきたのは顔見知りの男だった。名前はウリエルと名乗っていたが、どうにも本名とは思えない。ニコルはその名になんとなく馴染めないものを感じて、ずっと〈執事さん〉と呼んでいる。執事として働いているのだという話が、ウリエルと言う名前より信用できたというわけではないのだが、なんとなくこの男はどんな名前よりも〈執事さん〉と呼ばれることの方が似合っているのだという気がするのだ。
 とは言え、家を訪ねてくるほど親しいとは言い難かったし、ここに住んでいると教えたことはなかったはずだ。一応お尋ね者の錬金術師の弟子(名ばかりだが)として、ニコルもそれなりに警戒はしているのだ。

「ここにコクトー様という、天才的な錬金術師の秘密の工房があると噂を聞いて訪ねてきたのです。まさかあなたにお会いできるとは思いませんでした。ところで、ニコルくん、あなたは一体ここで何を……?」
「ええーと……話せば長いことながら……」

 ウリエルと名乗るこの男は、欧州ばかりか世界中を飛び回って手広く商売をしている女主人マダムに執事として仕えているらしい。少し前から仕事の都合でホルテンシュタットに滞在しているという話だった。
 馴れぬ街で道に迷って困り果てているところに出くわしてニコルが道案内をしてやったことがあって、それが知り合ったきっかけだった。それ以降は街で顔を合わせるたびに、あの時のお礼だ、と言って飯を食わせてくれたり、菓子を買ってくれたりしている。
 どう考えてもお礼というには過分なのだが、ウリエルはニコルの食いっぷりがよほど気に入ったらしい。今ではニコルもすっかり餌づけされていた。
 とりあえず入ってよ、と案内されるままにウリエルは広間を奥へと進み、テーブルについた。そこでお茶を飲みながらニコルは〈話せば長い〉事情を説明することになった。

「……ほほぅ、ではニコルくんの〈気難しい師匠〉というのがコクトー様だったというわけですね。しかし、驚きました。世間は案外に狭いものです。私は、てっきりあなたも例の噂のウロ……いやいや、お若いあなたに聞かせるような話ではありませんな」

 ウリエルは出されたお茶を一口啜っただけで以後は一切手をつけようとせず、テーブルの上に乱雑に積み上がった本を整理しながらニコルの話を聞き、そう言って笑った。

「噂って……?」

 もはや片付けをしていたニコルの手は完全に止まり、働いているのはウリエルだけである。が、ニコルもウリエルもそんなことにはまったく気づいていなかった。

「おや、御存知ありませんか。今やホルテンシュタットではどこへ行ってもコクトー様の噂でもちきりだというのに……。コクトー様は錬金術の素晴らしい秘術によって、美しく優秀で淫……いやいや、万能の生体人形を作り出すと言うじゃありませんか。私もぜひその人形を作っていただこうとこうして参った次第です」

(来た来た来た来た来たっ! ついに来たーっ!)

 ウリエルの話を聞きながら、思わずニコルはそう快哉を叫びたい気分だった。
 いつの間にかウリエルはテーブルを離れ、床に散らばった紙片をすべて拾い集め、甲斐甲斐しくモップかなんか使い始めているのだが、そんなことはもはやニコルの眼中にはまったく入っていない。
 そうだ、この時を待っていたのだ。
 ニコルの頭の中はもうそのことでいっぱいだった。
 噂を広めて依頼を獲得する作戦は間違ってはいなかったということだ。

 そう、これでめでたくコクトーの休日は終わる!

「で、コクトー様はどちらに?」

 ウリエルにそう声をかけられて、ニコルはふと我に返った。
 いつの間にかすっかり片付いた広間の真ん中でウリエルとニコルは呆然と見つめ合うことになってしまった。
 ……肝心のコクトーが不在では、これ以上話の進めようもなかった。

「多分、明日の朝には帰ってくると思うんだけど……」
「分かりました。何のお約束もなく立ち寄ったのですから、それも致し方ないことです。明日、また参ります。そうですね……一応、コクトー様に一筆、依頼の旨をお伝えする手紙だけでも残しておきましょうか」

 ウリエルはそう言って、コクトーが走り書きをするためにテーブルに用意してある紙とペンを取り、何やらさらさらと書き始めた。

-----------------------
 偉大なる錬金術師・コクトー様

 初めまして。ウロボロスの快楽人形を依頼したく、伺いました。
 タナトス館というお屋敷で執事をしているウリエルと申します。仕事柄、多忙を極める毎日で私的な時間はまったくとれず、近頃では〈寝る〉時間さえままならぬ有様。さまざまに難渋している次第でございます。つきましては是非ともコクトー様のお力で、公私の隔てなく私を補佐し、連れ添ってくれる〈この私のように〉優秀な人形をお作り頂きたいと考えております。
 この私め、門外漢ながら錬金術とはそもそも、人間が神と同等の技術を手にすることを目指す挑戦から始まったと聞き及んでおります。錬金術と言えば即物的な黄金変成ばかりが取りざたされておりますが、それは錬金術の一側面に過ぎぬもの。不可能を可能とし、完全なるものを生み出すという本来の目的に立ち返れば、生命の練成こそが真髄でありましょう。
 世間ではウロボロスの快楽人形など実現不可能な夢物語とも言われておりますが、百年に……いや、千年に一度の天才とも名高い錬金術師・コクトー様なら必ずや私の希望を叶えてくださるであろうと期待いたしております。
 この依頼が、あなた様の偉業の一助となりますよう。

 執事・ウリエル

追伸1 お留守のようですので、明日にでもまた出直して参ります。
追伸2 ちょうど先月漬けた鹿肉が良い具合ですのでご挨拶がてら少しばかり置いて参ります。お弟子様とご一緒にご賞味ください。保存料、着色料などは一切使わず、まろやかに仕上げてございます。いやはや、ホルテンシュタットでは古くより鹿料理が盛んと見えて、数多くの興味深いレシピが…………

-----------------------

 ニコルが横から覗いていたのはその辺までだった。
 放っておけばこの男はコクトーが帰ってくるまでここで依頼の手紙を書き続けているんじゃないか。とても最後まで付き合いきれそうにはない……と、思いながら、うとうとしてしまったようだった。
 ふと気づいて顔を上げたときには、もうウリエルの姿はなくなっていた。
 コクトーお気に入りの頭蓋骨の壺の下に、依頼の手紙だけが残されている。







続きは、元旦公開です!


by 須藤安寿 ¦ 02:00, Tuesday, Dec 29, 2009 ¦ 固定リンク ¦ コメント(1) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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とても最後まで付き合いきれそうにはない……と、思いながら、うとうとしてしまったようだった。


名前: replica rolex watches ¦ 20:28, Friday, Sep 13, 2013 ×



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