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第六話 #6-3 (最終話)

 エヴァンは手の中で香油の容器を弄びながら立ち上がった。
 注ぎ口を塞ぐ蝋を爪の先でひとつずつ剥がし、四つん這いになったコクトーの背に落としていく。封蝋が落ちてくるのとほとんど同時に、容器から溢れる香油がぽつりと滴ってコクトーの尻に落ち、肌の上を流れてふたつの丸みのあいだへと滑り落ちていった。
 エヴァンが封蝋をすべて剥がし終えるよりも早く、そうして滴り落ちてくる香油が足のあいだを潤していた。部屋を満たす香油の濃密な香りにくすぐられ、気が遠くなりそうだった。愉悦への期待が高まってくるのを抑え切れない。

「あ……っ」

 不意にひんやりとした陶器の感触が後孔に触れて、コクトーは思わず身を捩った。たっぷりと香油に濡らされた窄まりはさしたる抵抗もなく、すでに容器の先端を飲み込んでいる。
 だが側面にずらりと並んだドーム型の注ぎ口が堅く鎖された入り口をくぐるときの苦痛からは逃れようもなかった。
 エヴァンはその突起のひとつひとつをじっくり味わわせようとゆるゆると力を加えていくだけだ。気を許せば、体は勝手にその違和感を排除しようと押し出してしまう。そしてそのたびに、コクトーは突起が入り口を行き来する苦痛に喘ぐことになった。

「あっ、あああっ……あふっ……」

 その淫らな声と同様に、溢れてくる涙も堪えようがない。
 ようやくすべてが体内に押し込まれたときには、もはやその姿勢を保っていることさえ困難なほど、激しく体が震えていた。

「そのまま寝台まで這って行って、お行儀良く待っていてください。上手にできたら、ご褒美を差し上げますよ」

 そう言って、エヴァンは椅子に腰を下ろした。
 コクトーが犬のように這っていくのを、そこで見物しようということなのだろう。さっさと行けと言わんばかりにエヴァンがまたコクトーの尻を蹴った。
 一糸まとわぬ姿で犬のように這う屈辱的な姿をエヴァンの目にさらして、コクトーは今にも達してしまいそうなほどの、激しい快感を感じていた。
 容器から垂れ下がった房飾りのついた赤い紐が、まるで愛撫するように内腿をくすぐっている。
 がくがくと震える体に力を込めて、床についた手を一歩、二歩と前へと進める。その体の動きに抗って体内にある容器がぞろりと蠢いたようにも感じられた。いや……蠢いているのは容器ではなく、それを押し包む肉の壁の方だ。
 それを必死で堪えながら、コクトーはのろのろと寝台へと進んでいった。
 やっと寝室の入り口へとたどり着く。立ち上がって歩けば、寝台まではせいぜい五、六歩というところだろう。それなのにその距離がうんざりするほど長いものに感じられる。

「はぁっ、あっ……んんっ……」

 体内に押し込められた容器が次第にずれて、内側から窄まりに圧力をかけていた。快感の波が押し寄せてくるたびにその圧力が高まっていく。今にもずるりと逃げていってしまいそうだった。

(だめだ……だめ……)

 堪えようと思っても、どうにもならない。
 どこにどう力を込めても、出て行こうとする容器を押し留めることはできなかった。

「あ……」

 側面に並ぶ注ぎ口の最初のひとつが、ぬらりと窄まりをくぐって外へ出るのが分かった。そしてそれが……限界だった。
 ドーム型の突起が続けざまに堅い窄まりをこじ開けて滑り出してくる。ほとんど音も立てずに容器が床に落ちた。

「うっ、あっ、ああっ……ああっあ……ん……」

 その瞬間、コクトーはその場にうずくまり、体を激しく痙攣させながら射精していた。

「やれやれ、困った犬だ」

 はるか上方からそう声が浴びせられる。
 いつの間にかすぐ間近にエヴァンが立っていた。コクトーの無様な姿を見下ろして、その顔には満足そうな笑みが浮いている。

「粗相をする犬は鞭で躾けるところですが……悪くない眺めでしたよ、コクトー。これであなたももう、くだらない自尊心に心を縛られることなく、本能のままに私と快楽を貪りあう存在に堕ちて行けるでしょう」

 エヴァンが床に膝をついた。
 思いがけず優しく体を撫でられて、コクトーの唇から媚びるように喘ぎがもれる。それが犬を撫でるときと同じ手つきなのだと気付いても、もはやそこに何の屈辱感も抱くことができなかった。

「体を起こせますか? ご自分で汚した床は、ご自分で全部きれいに舐めとってください」

 そう言ってエヴァンは立ち上がり、寝台へ歩いていった。
 言われるままに床を汚す自らの精液を舐め取っているコクトーを見下ろしながら、ゆっくりと服を脱いでいく。

「もういいでしょう。こちらへいらしてください」

 すべての衣服を取り去って寝台に腰を下ろすと、エヴァンはそう声をかけた。コクトーが立ち上がり、歩み寄るときには手を差し伸べることさえした。コクトーの手を取って自分の膝の上に乗せるときも、ふらつくコクトーを気遣うようにそっと支えてくれる。その動きは滑らかで、愛撫するように繊細だ。

「んっ、ああ……あっ……」

 エヴァンの体を両足のあいだに挟むようにゆるゆると腰を下ろして行き、窄まりにあてがわれたその昂ぶりに貫かれながら、コクトーはエヴァンの首に腕を回し、その体を強く抱きしめていた。

「どうしたのです?」

 そのコクトーの行動が意外だったのかもしれない。
 エヴァンはそう小さく言って、コクトーの背に回した手に力を込めた。
 事前に性具に押し広げられてなお、エヴァンの昂ぶりを狭い肉壁の最奥まで迎え入れることは容易くはなかった。だが体を起こしたままでその反り返った先端に敏感な部位を容赦なく責め苛まれながら貫かれる重苦しい圧迫感は、あんな性具とは比べ物にならないほどの愉悦をもたらしてくれる。
 不安定な体勢のまま激しく突き上げられるその動きにあわせて、我を忘れて淫らに腰を振りながら、コクトーはエヴァンの剥き出しの欲望に酔っていた。

「んっ……すごく……いい……」

 堪えきれずにそう声がもれた。
 そうして媚びている自分が、コクトーにはおかしかった。
 どうしてこの男の与える苦痛も愛撫も……こんなにも心地良く肌に馴染むのだろう。
 まるでこの肉体のすべてが、エヴァンに陵辱され、撫でられるために作り出されたかのように、狂気に縁取られた欲望にぴったりと寄り添っているのがなぜなのだろう。
 例えばニコルに感じるような愛しさなど欠片もないままに、この男との性の関係に溺れていることの意味は、一体何なのだろう。
 意識が飛びそうになるほどの快感の波に翻弄されながら、コクトーは決して言葉になることのないその問いかけを続けていた。


 エヴァンが精を放ってもコクトーはしがみつく腕の力を緩めることができなかった。
 小刻みに震えるその体が、まるでぬくもりを求める子どものようにエヴァンの肌の感触を恋しがっている。
 そしてエヴァンも、その手を振りほどこうとはしなかった。
 コクトーを抱いたままゆっくりとその背を倒して寝台に横になり、コクトーの背を撫で続けている。

「苦しいのですか、コクトー?」

 エヴァンが静かにそう声を発した。
 まだ欲望が完全に収まったというわけではないのだろう。そうしてコクトーの体の重みを感じながら、コクトーがまだ限界に達してはいないことを確認しようとしているようでもある。

「……い、いいえ……大丈夫……」

 平静を取り繕ったつもりだったが、声はまるでしゃくりあげるように乱れていた。
 犬のように這えと命じられたときよりも激しい羞恥が湧き上がって、胸が押しつぶされるように苦しかった。

「では、なぜ泣いているのです?」
「犬でもいい、人形のままでもいい。あなたのために生まれてくることができなかったのはなぜだろう……と……そう感じられてならないから……」

 コクトーの背を撫でていた手が止まる。
 エヴァンはコクトーの体を寝台に横たえると、その上に馬乗りになった。

「犬に生まれつくことになど、大した価値はないでしょう。犬が犬でいることに、何の欲望を感じろと? あなたが私の欲望に応えるために犬に堕ちてもいいと望んで下さったことに比べれば、あなたが誰のために作られたどんな存在であるかなど、何の意味もないのではありませんか? あなたがあなたでなくなったときに、私がまだこんな関係を望んでいらっしゃるとお考えなら、大きな間違いですよ、コクトー」

 エヴァンのその言葉にコクトーは胸を衝かれた。
 酷い言い様だ。だがその言葉のどこかに、単なる苦痛とは違う眩しさがあるようにも感じられた。……まるで愛のささやきを聞くときのように心を揺さぶる何かがある。
 エヴァンを見つめたまま、コクトーには何も言うべき言葉が見出せなかった。
 そしてエヴァンもまた、それ以上何も言おうとはしなかった。
 ただ唇についばむようなキスをして、ぎゅっと強くコクトーを抱きしめただけだ。
 まだ貪り足りないというように硬くなったエヴァンの昂ぶりがコクトーの下腹に触れる。
 その昂ぶりを迎え入れようとコクトーが足を開いたとき、エヴァンがその動きを押し留めるようにもう一度キスをした。今度は長く……深いキスだ。

「あなたの背中が見たい」

 そう言って、エヴァンは体を起こした。
 コクトーもまた促されるままに起き上がり、エヴァンに背を向けた。寝台の上に膝立ちになってヘッドボードに手をかける。
 エヴァンは背後からコクトーの背を抱いて、ヘッドボードを掴んでいる手にそっと自分の手を重ねた。指先が震えるように動いて、コクトーの指を数えるように撫でていく。それと同時に、コクトーの背に刻まれたウロボロスの刻印に唇が押し当てられた。熱い吐息が肌をくすぐり、ぴちゃりと小さく音を立ててエヴァンの舌が刻印に触れる。

「いずれ、私はあなたを喪うことになるのでしょうね。私が老いて死ぬときか……あるいはもっと早く、ニコルが私からあなたを奪っていくのかもしれない。あるいは、別の誰かが……」

 愛しげにその刻印に頬擦りして、エヴァンがぽつりとそう言葉をもらした。
 それはエヴァンのものとは思えないほどに弱々しく震える声だった。
 だからコクトーは振り返ることはできなかった。エヴァンが背中を見たいなどと言い出した理由が、そこにあるのだという気がする。

「あなたが……連れて行ってくださればいい」

 ヘッドボードを掴んでいる自分の手をコクトーはじっと見つめていた。そしてその手の上に重ねられて、震えているエヴァンの手を……。
 こんなときの手の震えまでが、エヴァンらしく繊細だった。その光景にじわりと心を揺り動かされる。

「……連れて行く?」

 その言葉の意味が分からないというように、エヴァンが言った。

「人形もまた、永遠の生命を持っているわけではありません。この首を切り落とすか、心臓を抉り出すか、炎に投げ込むか……。それだけで何もかも終わります。それだけで、私は……永遠にあなたのものになる」
「そんなことを言っていいのですか? ――私は永遠の愛などとは無縁の男ですよ」
「私も……永遠の愛とは無縁の人形ですから……」

 その言葉が、何の痛痒も伴わずに自分の口から滑り出してきたことが、コクトーには信じられなかった。ずっと……それはコクトーにとって、呪いの言葉にほかならないものだったはずだ。それを決して認めまいと、これまで抗い続けてきたのに……。
 それで、何もかもあきらめてしまえると思ったわけでもなかった。
 そんな言葉を口にしている瞬間にさえ、ニコルのことを忘れているわけではないのだとコクトーは苦く自覚している。
 ただ……こんな不実な誓いこそがエヴァンと自分には相応しいのだという気がした。

「挿れて下さい、ガーラント殿。あなたになら、何をされてもいい。あなたの昂ぶりでこの虚ろな体を満たして……。私は、あなたのものだから……」

 背徳の快楽を貪りあうこの男との絆もまた、コクトーにとってすでに心を占める重い存在となっているのだ。
 もはや捨て去ることなど、考えられないほどに……。


「私を呼んだ理由を……聞かせていただけますか?」

 用意されていた新しい服に身を包み、コクトーは立ち上がった。
 エヴァンはすでに身支度を終え、寝室を出て行こうとしているところだった。その姿を見て、かすかにため息が漏れる。
 寝台を出て衣服を身につけた瞬間から、情事の痕跡など微塵も感じさせない禁欲的な男を演じているエヴァンの変わり身の早さには感心するばかりだった。情事の最中には確かに触れ合えたような心地になっていたのに、事が終わった途端にするりと身をかわして逃げていってしまいそうだと感じるのは、エヴァンのこういう態度のせいだ。
 コクトーは今もまだ、情事の余韻から覚めきれずにいるというのに……。

「ローマにはしばらく滞在することになります。その無聊を慰めるためにあなたを傍におきたいと望んでいる。……それだけでは不足ですか?」
「白々しいにもほどがありますね。……あなたはそんな無駄を好む男ではないはずだ」

 そのコクトーの言葉が、さもおかしいというようにエヴァンは嗤った。

「何度も申し上げたはずですよ。あなたと共に罪を犯すことが私の望みだと……。こちらへどうぞ。あなたにお見せしたいものがあります」

 そう言って、エヴァンは居間へと足を進めて行った。
 大股に数歩歩いたところで立ち止まり、コクトーの方を振り返る。
 コクトーは一応服を身につけてはいたが、閉じきっていない襟元からは生白い肌が覗いている。ほんのりと紅を刷いたように上気している頬。赤い唇は、もっとキスがしたいとねだるように濡れて光っている。エヴァンを見上げているその目も、熱を帯びて潤んだままだった。
 ……いかにも、たった今まで情事に耽っていましたといわんばかりの姿だ。
 この美しい男を自分が思うさま乱れさせたのか。そう思うと、エヴァンは体の奥からじわりと熱がこみ上げてくるのを抑え切れなかった。

「ご自分の足で立ち上がって歩かれるのが辛いなら、抱き上げてお連れしますが?」
「……お気遣いは無用です」

 そのエヴァンの申し出に、コクトーは眉を寄せた。苛立たしげに言い放って立ち上がると、毛足の長い敷物に躓きそうな危うい足取りで歩み寄ってくる。
 エヴァンは壁に飾られた絵に近づいて行き、その額縁に手を触れた。
 そこに描かれているのも天使の姿だった。
 ……とは言っても、あの香油の容器の天使のような淫靡な印象はどこにもなく、ただ清らかで美しい少年の姿で描かれている。じっと天を見上げて祈るその顔に一条の光が射し、柔らかな頬を金色に輝かせていた。その背に広げられた純白の翼は、まるでその少年を守るためにかざされた手のようにも見える。

「見せたいものとは……この絵ですか?」

 コクトーはいぶかしむように言った。
 美しい絵だが……その絵に特別の意味があるのだとは思えない。

「ある枢機卿の注文を受けて描いたものだそうです。画家を変え、モデルを変え、同じような絵を何枚も描かせているらしい。彼はそうして何十年もかけて理想を追っているのでしょうね。執念を感じませんか。これは画家の秀作の一枚ですが、悪くない出来でしょう。あなたの仕事の助けにもなるだろうと思って譲り受けたのです。足元を見られてだいぶ吹っかけられましたが……」
「私の仕事の……?」
「ええ」

 そう言ってエヴァンは額縁に彫りこまれた花のひとつに指をかけた。絵が……いや、絵が飾られている壁そのものが、がくんと動いたのはそのときだった。

「私の前の持ち主はこの部屋の存在に気付かなかったようです。この隠し部屋を作ったのはその前か、さらに前の持ち主なのでしょうね。ここで何をしていたのかは想像するより他にありませんが、ろくでもない用途だったようです。私がここを見つけたときは床も壁も血だらけでした。今はもうすっかり改装して、そんな痕跡は残っていませんが……」

 エヴァンは自分の言っている言葉の意味をまるで理解していないかのように、平然とその部屋に足を踏み入れた。
 続いてコクトーも部屋に入っていく。
 部屋には窓がひとつもなかったが、扉を開け放っている今は、完全な闇というわけではない。その暗さに目が馴れて来ると部屋の内部の様子を窺い知ることができた。
 とりあえず床にも壁にも血の染みらしきものは見当たらない。

「ここは……私の……?」

 その室内をぐるりと見回し、コクトーは言葉を詰まらせた。
 部屋の中央に置かれた大きな台は製作途中の人形を――〈シャルル〉を寝かせておくためのものだ。今はそこにテーブルの上にあったのと同じ青い絹で作られた花が、弔いの花のように供えられている。
 その脇に整然と並べられた器具のひとつひとつを、コクトーは目で追っていった。それはすべてコクトーが人形作りに使ってきたものだ。
 壁際の棚にはホルテンシュタットの家に置きっぱなしだったものも含めて、すべての蔵書が並べられている。中央の台と向き合うように置かれた机の上には、城に幽閉されていたあいだコクトーが綴り続けていた文書が用意され、その上に頭蓋骨を模した壷が重石代わりに乗せられていた。

「あなたがお使いになっていたもの、私に分かる範囲で必要そうだと思えるものはすべて揃えてありますが、不足があれば何でも仰ってください。……ここが、あなたのための新しい工房です、コクトー。あなたに人形を作っていただきたいのです」
「あの天使の絵を描かせたという枢機卿のためにですか? それとも、あなたの策略のために……?」
「お答えしにくい質問ですね」

 エヴァンは低く言った。
 暗さなどまったく気にならないというように部屋の奥へと進んでいくと、エヴァンは中央の台に置かれた花にそっと手を伸ばした。

「――ああ、勘違いなさらないで下さい。あなたと快楽を共にすることと、あなたに仕事を依頼することは私にとってまったく別の話です。公私混同するつもりはありません」
「そんな詭弁を……」
「私があなたにウロボロスの快楽人形の制作を依頼し、その代償を支払うのは間違いなく策略のためです。それは否定しませんし、汚いとなじられるのも致し方ないことです」

 花を手にしたままエヴァンがじっとコクトーを見つめている。
 それは分かっていた。
 だが、部屋が暗いせいでエヴァンの表情を読み取ることはできない。そのことがコクトーを不安な心地にさせていた。

「……ですが、あなたは策略のことなどお気になさる必要はありません。陛下のための人形を作ったときと同じように仕事をしていただければそれでいいのです」
「私の作る人形に、何をさせるおつもりなのです?」
「ウロボロスの快楽人形として、枢機卿の性の相手を務めてもらうだけです。私が密約の証として枢機卿のために特別な情人を用立て、十分に満足していただく。策略に必要なのはそれだけです。それが一夜のお愉しみで終わるか、それとも永遠の愛と呼べるものになるのかは、私ではなくあなたの領分でしょう」

 さっきと同じようにゆっくりと足を進めて机を回り込み、エヴァンはコクトーへと歩み寄ってきた。
 青い絹の花をコクトーに差し出す。

「私の犬としてではなく錬金術師のコクトーとして、人形を作っていただきたいのです。枢機卿の……いえ、新たな教皇のために。私がオデルハイム王国と陛下を裏切る証に相応しい、美しい人形を……」

 その衝撃的な言葉の裏側にある何もかもを見通すことができたわけではなかった。エヴァンがレオパルドを裏切るなど……考えられるわけもない。
 だが、コクトーはエヴァンの差し出す花を受け取っていた。

Alea Jacta est.サイはなげられた――今朝、目覚めたときにそう思ったのです。私もまた、ルビコン川を渡るべき時が来たのだ、と。気持ちが抑え切れなくなったのは……たぶん、そのせいです』

 初めてコクトーを抱いたときにエヴァンが言っていたのはそのことなのだろうと気付いたからだった。エヴァンはあのとき、裏切り者になる道を選び取ろうとしていたのだ。
 そしてニコルやコクトーを追い込んだこの逃げ場のない袋小路で、エヴァンもまた何かを手にしようともがき続けている。
 だからもうこれ以上、何かを知る必要などないのだと思った。
 知ったとしてもコクトーにできることなど……ありはしない。ただ、共に罪に堕ちたいというエヴァンの誓いを信じることしか、コクトーにはできないのだ。

「……詳しいお話を聞かせていただけますか?」
「聞けばもう、後戻りはできません。それでも……よろしいのですね?」
「ええ……」

 コクトーはそう小さく答えた。
 これまで何度となく繰り返してきた仕事を……これから先も続けていく。ただそれだけのことだ。
 いつも、コクトーに求められていることは同じだ。だからそれがエヴァンのためであっても、他の誰かのためであっても、コクトーのやるべきことはひとつしかない。
 ウロボロスの快楽人形を作り続けていくだけだ。
 永遠に色あせぬ愛のために……。








(了)






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by 須藤安寿 ¦ 00:00, Thursday, Dec 17, 2009 ¦ 固定リンク ¦ コメント(3) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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■コメント

連載お疲れ様でした!
フェティッシュなお道具や細部までこだわった耽美世界がなんとも素敵でした。
結局エヴァンは死ぬかコクトーの前から消えちゃうんだろうな〜と思いますが、予想を裏切る二人のハッピーエンドが見たいです。まだまだ先があるご様子、新シリーズがスタートすると信じて待っています!


名前: saika ¦ 21:14, Thursday, Dec 17, 2009 ×


毎週更新を楽しみにしてたのですが、今回で連載が終ってしまうなんて
寂しいです。
まだ続きがある感じの終り方なので、
コクトー編として、その後とかニコルVSエヴァンとか…
コクトーがエヴァンの依頼で作る人形の事とか気になる部分が沢山あるので
いっそコクトー編として一冊の単行本で読んでみたいです。
連載お疲れ様でした。
今後の企画(コクトー工房など)に期待してます。





名前: 匿名希望。 ¦ 22:10, Friday, Dec 18, 2009 ×


連載完結おめでとうございます。
いつも読んでいる小説と全く違った世界を堪能させていただきました。
超現実世界で働いている私にとって、安寿さんの小説は異世界へトリップして、しばし現実を忘れてしまうことができる素晴らしいものです。
この作品を読み終わった後も、『永遠に咲く花のように』と同じように、暫くはコクトーの寝室で心地いい興奮に揺蕩っていました。
続編がありそうな予感。できれば続きが読みたいと切に思いました。
これからの、ますますのご活躍を期待しております。
寒さ厳しき折、ご自愛ください。


名前: jun mizusawa ¦ 18:11, Wednesday, Dec 23, 2009 ×



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