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第六話 #6-2

(花が……ないせいか)

 庭を歩きながらコクトーはそう考えていた。
 エヴァン・ガーラントのローマでの住まいだという屋敷の庭は、どこか空虚で寒々とした光景だった。完璧さを目指して余計な色彩を排除し尽した静寂さが、逆に見つめる者を落ち着かない気持ちにさせる……そんな印象だ。
 かつては花壇があったのではないかと思われる場所も、今はすべてが丸く刈り込まれた低木で埋め尽くされている。庭を飾っているのは花ではなく、二色の石だけだった。そしてその二色の石を際立たせるためにすべての花が排除され、寒々とした空間に仕上げられているようにも見える。
 白と、ほとんど黒に近い紫。磨き上げられた二色の敷石が、大人の足なら片方だけがようやく乗っかるという程度のごくごく細い道を形作っていた。二本の道は不規則な分岐を繰り返して絡み合いながら、庭全体に広がる緑の芝の上に八つの尖端を持つ星の煌めきを描き出している。
 星の中心には小さな噴水があって、その傍にエヴァンが立っていた。
 案内してきた使用人はその星の外側で立ち止まり、一礼して去っていってしまう。だからコクトーも、同じ場所で立ち止まったまま、その煌めきを構成する線の内側へと足を踏み入れることができなかった。
 その線で区分された向こう側は、特別な意味を持つ場所なのだと感じられる。

「導きの星……と言うそうですよ」

 そのコクトーの躊躇いを満足げに見やって、エヴァンは低く言った。コクトーを見つめていたのは、ほんの短いあいだだけだった。すぐに投げた棒切れを追って走っていく犬の方へ視線をもどしてしまう。

「――この庭を作ったのは私がここを買い取る以前の所有者で、この星をそう呼んでいたそうです。そちら側から黒い石を辿ると星の内側へと導かれ、こちらから白い石を辿ると外側へ導かれる。まともに辿っていくと1時間以上も星の上をぐるぐると歩き回ることになりますが」

 投げられた棒切れをそれぞれに拾ってきた二頭の犬が、星の意味になど気付くわけもなくエヴァンの足元へ駆け寄っていく。エヴァンが手で合図をするだけで犬たちは拾ってきた棒切れを地面に置き、伏せの姿勢をとった。

「さほど複雑な迷路ではありません。何度か試してみれば、子どもでも正しい道筋を見つけ出すことができるようになるでしょうね。でも何度辿っても、私には答えは見つかりません」

 エヴァンはそう言って、手にしていた皮袋から小さな干し肉を取り出して犬たちに与えた。輝くような灰色の毛並みをエヴァンの手がそっと撫でていく。

「この星が辿る者を輝きの内側に導こうとしているのか、それとも外側へ導こうとしているのか。その答えが……」

 エヴァンは犬を見下ろしたままだったから、それは犬に語りかけている言葉のようにも聞こえたし、ただの独り言のようにも聞こえる。だが、そうして言葉を繋ぎながら、エヴァンは確かにコクトーが言葉を発するのを待っていた。

「あなたの犬たちは、すでに答えをご存知なのではありませんか」

 ようやくコクトーが形作ったその言葉に、エヴァンがまたわずかに顔を上げる。

「――何が行く手を塞いでいるわけでもない……ただの敷石です。星を辿ったりせずに踏みにじれば、どこへでも行ける」
「それが……答えだと? ではあなたがそこに立ち止まっているのはなぜです?」
「私もまた、犬ではないから……。あなたと同じように星の煌めきがあることを見出してしまった瞬間に、この白と黒の石に進むべき道を託さずにはいられなくなっているからです。迷路に心を囚われて、導きの星が煌めくのは他ならぬ自分のためだと期待せずにはいられない。星が導くのが必ずしも良い結末ばかりではないことには目を瞑って……」
「なるほど」

 エヴァンはそう言って、小さく笑った。
 白と黒の敷石が描くいくつもの交差を踏んで、コクトーの方へ歩み寄る。その場に立ち竦んだままのコクトーの手を掴み、同じように白と黒の敷石を踏む場所へと引きずり込んで抱き寄せる。
 そしてそのまま、有無を言わさずにいきなり唇を重ねた。

「……っ、なにを……」

 思わずコクトーはエヴァンの体を押しやり、その手を振り払おうともがいた。庭に出てきたニコルが、その光景を見つめて棒立ちになっていることに気付いたのはそのときだった。
 ニコルは庭にコクトーがいるのを見つけて走ってきたのだろう。息が少し乱れていた。エヴァンに抱きしめられているコクトーを見つめ、その顔が、怒りで青ざめている。

「ニコル……」

 コクトーの唇が震えた。
 駆け寄りたい。駆け寄って抱きしめたい。そう思うのに、足が動かなかった。
 まだエヴァンはコクトーの腕を掴んだままだったが、たいして力を込めているわけではなかった。振り払おうとすれば……難なく振り払える。それなのに、コクトーは動けなかった。
 エヴァンの手を振り払って、ニコルに駆け寄ることができない。
 それができるのか……と、エヴァンは試しているのだ。そのことがコクトーには分かっていた。この男は、白と黒の石が描く星の上に立って、コクトーがどちらの道を選ぶのかを見たがっている。いや……エヴァンが一番見たいと望んでいるのは、コクトーがこうして躊躇して立ち尽くしている姿なのかもしれないが。

「コクトー、なんで……! なんでだよ!」

 ニコルは芝の上に描かれた星にもエヴァンにも構わずコクトーに駆け寄り、まるで襟首を掴みあげるような勢いでしがみついてきた。
 ローマへ来たことを責めているのか、それともエヴァンとキスを交わしたことを責めているのか……分からなかった。あるいは、それらを含めて何もかもを責めたいのかもしれない。
 思った通り、もうニコルはコクトーより少しばかり背が高くなっている。だがそのぎこちない抱擁の温かさは同じだ。

「ニコル……私は……」
「私の客にそんな気安い挨拶を許した覚えはないぞ、ニコル」

 言いかけたコクトーの言葉をさえぎって、鋭い声が浴びせかけられた。
 まるで、犬に何かを命じるときのような響きだった。一瞬、それが誰の声なのか、コクトーには分からなかった。これまでにエヴァンがそんな風に声を荒げるところを見たことなどない。
 ニコルの体がびくり、と震える。
 顔を上げてエヴァンを振り返ったニコルは歯向かうように反抗的な表情だったが、出かかった言葉を飲み込むように唇を噛むのが精いっぱいだったようだ。その手が名残を惜しむようにぎゅっとコクトーの腕をつかみ、離れていく。

「犬を犬舎に戻しておけ」

 エヴァンは手にしていた干し肉の袋をニコルの足元に投げ落とすと、低く命じた。
 膝をついて、それを拾え。
 その命令の言外で、エヴァンはニコルにそれを強いてもいる。それは犬に干し肉を与えたときとは比べ物にならないぞんざいさだった。

「……行きましょう、コクトー。あなたのための部屋はもう用意してあります」

 ニコルが要求通りに膝をついて干し肉の袋に手を伸ばすのを目の端で確認し、エヴァンはコクトーの肩を抱いた。ニコルの手を危うく踏みかねない場所に足を踏み出して、コクトーを屋敷の中へと導いていく。

「……」

 ほとんど引きずられるように歩き始めたとき、コクトーはニコルを振り返った。
 ニコルはすでに袋を拾い上げて立ち上がり、じっとコクトーを見送っていた。そのニコルの表情が、まるで痛みに耐えるように歪んでいる。
 だが、それでもコクトーにはエヴァンの手を振り払ってニコルに駆け寄ることはできなかった。
 そんなことをすれば、エヴァンがニコルを罰するための口実を与えるだけだ。それがもう……分かっていたから。

「あの子に……ニコルに何をなさったのです」
「そう心配なさらずとも手荒な真似など何もしていません。多少退屈はしているでしょうが、ここではそれなりに快適に過ごしているはずです」

 コクトーを伴って、エヴァンは長い廊下を奥へ奥へと進んでいった。
 途中、何人かの使用人とすれ違ったが、エヴァンは彼らの存在に目を向けようともしなかった。ただまっすぐに廊下の真ん中を突き進み、他の者が避けるのが当然だ……とでも言いたげな態度だ。
 その横柄ともいえる傍若無人さのせいかもしれない。それともさっき、ニコルを怒鳴りつけたあの声のせいか。国王陛下の忠実な従者と形容する以外になかったホルテンシュタットでのエヴァンとは、まるで別人を見ているように印象が違っている。エヴァンがコクトーに対してだけは慇懃な言葉遣いを続けていることが、かえって不自然なことなのだと感じられた。

「ニコルが仕事を欲しがっていたので、私の下で働かないかと声を掛けたのです。錬金術師の助手としては落ちこぼれでも、彼にもまったく見どころがないというわけではない。もっとも、今のところはまだ仕事と言えるようなことは何もさせてはいませんが」
「……私の出方次第でニコルの扱いも変わってくる。そう仰りたいのですか?」
「残念ながら私は、情事のあとのおねだりに応えて名ばかりの役職を与えられるような立場にはありませんし、部下の使い道についてあなたのご意見を伺うつもりもありません。もう彼も養い親など必要な年齢ではないでしょう」

 長い廊下を突き当りまで進み、エヴァンは部屋の扉を開けた。
 だがすぐに部屋に入ろうとはせず、コクトーに先を譲ろうともしなかった。エヴァンがじっとコクトーを見下ろして、一瞬の沈黙があった。

「私はけじめのないだらしなさは好きにはなれない。犬にも使用人にも部下にも……あなたにも、それぞれに相応しい対応をしたいのです。そして少なくともこの屋敷では誰にも私の定めた領域を越えて欲しくない。あなたも例外ではありません。まず最初に、それをしっかり頭に叩き込んでおいていただきたいのです。ホルテンシュタットでは、あなたは私の主である国王陛下の客人でした。だが今は違う。――ここでは私が主で、あなたは私のものだ」

 口調だけは、いつもの……コクトーがこれまで知っていたエヴァンのものだ。決して声を荒げたわけでもないし、声そのものが特別に大きかったというわけでもない。だがコクトーは身震いを感じずにはいられなかった。

(こうして、どんどん後戻りのできない場所に追い込まれていくのか)

 それを実感していた。自分だけではない。ニコルも同じようにこの男の掌中に握りつぶされようとしている。そのことが、コクトーにとっては堪えがたい苦痛だった。
 どうぞ、と小さく声をかけて棒立ちになったコクトーの背を押し、室内へ入るよう促す。日当たりのいいこじんまりとした居間。床に延べられた敷物の厚みが、しっとりと心地良く靴裏に伝わってくる。

「……」

 エヴァンに促されるままに外套を脱ぎながら室内を見回して、コクトーは声を失っていた。
 置かれた家具はどれも古風なものばかりだったが、丹念に磨き上げられて重厚な風合いをかもし出している。椅子の座面には紫がかった青い花をちりばめた布地が貼られ、テーブルの上には、まるでその布地から花を一輪摘み取ったとでもいうように、同じ色合いの絹で形作られた花の房が飾られていた。

「……まるで、花嫁を迎えるための部屋ですね」

 嗤いたい気分だった。
 牝犬の代わりをさせられる男娼に相応しいとは、到底思えない部屋だ。

「この部屋を調えた使用人はそう誤解していたのかもしれません。大切な客人を迎えるための部屋だ……としか伝えてはいませんでしたから」

 テーブルの上の花の陰に、ホルテンシュタットでコクトーに屈辱を与え続けたあの香油の容器が置かれていた。花の房に半ば隠されてその全体像を見ることはできなかったから、知らぬ者が見ればそこに置かれたポットやカップと同様に午後のお茶のために用意された風変わりな茶器のひとつであるとしか思えないかもしれない。割れてしまった容器のものとよく似た白磁の天使が、房飾りのついた赤い紐に取り巻かれて花の陰からその微笑を恥ずかしげに覗かせている。
 その場違いさは滑稽でさえあった。命じられた使用人もさぞ狼狽しただろう。
 だが、この部屋の中で唯一それだけが、どこの誰とも分からぬ〈客人〉のためでなく、コクトーのために用意されたものだ。
 奥の寝室へと続く扉は開け放たれていて、その中央に置かれた天蓋付きの寝台にも、同じ色の布がかけられているのが分かった。寝室の窓が開いているのだろう。薄い布が風に吹かれ、淫靡な行為を誘うように舞っていた。

「あなたは何を考えていらっしゃるのです。ニコルや私を使って……いったい何をなさろうと……」

 ぼんやりとその色を見つめながら、コクトーは言った。
 ローマへの旅のあいだもずっとそのことを考えていたが、何も答えは出せなかった。
 教皇庁とオデルハイム王国とのあいだには長い緊張が続いている。その程度のことはコクトーも知っていた。教皇庁に追われる身となったコクトーがホルテンシュタットに身を潜めたのも、そのことと無縁ではなかった。敵の敵は、味方。追跡の手を逃れようと思うなら、教皇庁と対立する国にいる方が安全だと判断したからだ。
 オデルハイム国王の忠実な従者であったエヴァンが、何らかの策略のためにこのローマに送り込まれたのだと考えるのはさほど難しいことではない。教皇が病に倒れ、明日をも知れぬ容態となっていることもまた、その策略と無縁ではないのだろう。
 だがニコルもコクトーも、そんな策略の役に立つような人材ではありえなかった。むしろ教皇庁に追われる錬金術師などを手元におけば、危険を増やすばかりではないのか。

「あとで書斎にもご案内します。ニコルと話をなさりたいなら、そこを使ってください。彼にはこの部屋に近づくことを禁じていますから」

 コクトーの問いかけを無視して、エヴァンは言った。テーブルの上の花に隠された香油の容器を手にとって、その出来栄えを検分するように、浮き彫りにされた天使の姿を指先がなぞっていく。
 容器は、以前のものよりもひとまわり大きいように見える。反りもいくぶんきつくなっていた。側面には、封をされたドーム型の注ぎ口がずらりと数珠繋ぎになっている。浮き彫りにされた天使はひとりだけで、その注ぎ口にしなだれかかって愉悦の表情を浮かべ、自らの足のあいだの昂ぶりを扱いていた。
 もはや美しい工芸品などという印象は微塵も残ってはいなかった。ただ苦痛と屈辱を与えるための欲望に満ちた怪異の造形だ。

「……ガーラント殿!」

 話をはぐらかされて、コクトーは思わずそう声を荒げ、エヴァンに詰め寄った。
 だがそれにさえ、エヴァンはまったく動じた様子はなかった。

「あなたはご存じないかもしれませんが、戦場では、兵は自分より大きな男を押さえ込んで斬らねばならないこともあるのですよ。私はそんな荒事は得意でもなければ好きでもありませんが、陛下を暗殺者からお守りするためには覚えねばならなかった。例えば……こんな風にです」

 エヴァンは香油の容器をそっと置くと、その柔らかな手の動きのままにいとも容易くコクトーの腕を掴んだ。テーブルにうつ伏せに押さえ込むと、エヴァンはコクトーの鼻先に短剣を突き立てた。
 それをエヴァンはほんの一呼吸でやってのけた。コクトーにはエヴァンがどこに短剣を隠し持ち、いつそれを抜いたのかも分からなかった。

「う……っ」

 腕を容赦なく背中へとひねり上げられ、コクトーには身動きすることもできなかった。脚のあいだに乱暴にエヴァンの膝がねじ込まれる。腰のあたりにはすでに激しく勃起したエヴァン自身が、ごりごりと押し付けられていた。

「このまま愉しんでも……? それとも、ニコルにあなたの代わりをさせたいというのなら、それでも構いません。あんな小僧の尻で勃つかどうか、あまり自信はありませんが、痛めつけて憂さ晴らしをするくらいの役には立つでしょう」
「……っ!」

 その言葉に、思わずコクトーは振り返ろうとしたが、しっかりと押さえ込まれているせいでそれもままならない。動こうともがくたびに、まるで自ら腰を振ってエヴァンの下腹の昂ぶりを探るような動作を繰り返す羽目になるだけだ。

「私は、少しばかり飢えているのでしょうね。久しぶりにあなたを目の前にして、舞い上がっているのかも……。こんなことを言わずにおれない心地になっているのは……多分、そのせいです。あなたを貪りたくて堪らないから……だからこんなことを言ってしまうのですよ。あなたが私を満たしてくだされば、もうこんな非道なことを思いついたりはしませんし、部下に無体をすることもない」

 心にもない言葉が、次々に浴びせかけられる。
 その声はまるでコクトーにすがるように震えてさえいたが、押さえ込む手の方にはまったく震えなど感じられなかった。耳元に寄せられたエヴァンの唇からもれる呼吸が、まるで絡みつくように熱い。
 ――受け入れてしまえばいい。
 コクトーは心のどこかでは、そう思ってもいた。
 ニコルはエヴァンの部下として薄汚い策略の片棒を担がされることになるのかもしれない。だが、お尋ね者の錬金術師の助手をしていることが、それに比べて誇らしい生き方だとも、ニコルに相応しい生き方だとも到底思えなかった。
 そしてニコルが〈コクトーの助手〉ではなく、〈自らの部下〉となったとき、エヴァンはもはや余計な感情など差し挟むことなどないのだという奇妙な信頼感もあった。ニコルの生い立ちもこれまでの経歴もすべてを無視して、正当に評価し、本来あるべき位置に戻してくれるのは、おそらくこの男しかいない。

「ガーラント殿……私は……」

 そう……受け入れてしまえばいいのだ。
 どうせ、もう何度も寝た男ではないか。そして自分はそのたびに、嬌声を上げてよがったのだ。あの繊細な愛撫が欲しいと、今この瞬間も体は疼き続けている。屈辱的な性の行為に溺れて、この男に愛されたいとさえ感じている。
 すでに、勝負は終わっているのだ。
 ニコルにもコクトーにも、もう逃げる道など残されてはいない。抗っているつもりになっても、実際にはただこの男の掌中で弄ばれているだけだ。

「手が痛い。……離して……いただけませんか。このままでは……あなたを、ご満足させることもできない」

 コクトーは、そう小さく言った。
 言葉のひとつひとつが、鋭い刃となって喉を傷つけながらせりあがってきているようだった。

「おとなしく私に従うことになさったのですか?」
「ええ」
「ニコルのために……ですか?」

 試すような言い方だった。それはコクトーの答えのどこかに罰を与える口実を見つけ出すための問いかけに他ならない。
 そしてコクトーにとっても、それはイエスかノーを選んで答えられるような単純な命題ではなかった。

「あなたは情事のあとのおねだりでニコルに名ばかりの役職を与えることなどあり得ないと仰っていたはずでは? 部下の使い道を決めるときに私の意見に耳を貸すことなどないとも……」
「ふっ、うまく逃げましたね。では……なぜです?」
「私はもうあなたのものだから……」

 別にその場の言い逃れでもなんでもなく、それが答えなのだろうと思う。
 そのコクトーの答えをどう受け取ったのかは分からないが、ようやくエヴァンが手を離した。

「あなたほど繊細に私を支配し、犯してくれる男はいない。……だからです」

 コクトーは体を起こしてエヴァンの方に向き直った。自ら服の前を開き、見下ろしているエヴァンにその肌をさらしていく。
 長衣もシャツもすべて脱ぎ、コクトーは椅子に腰を下ろして靴も取り去った。下半身を包む衣類を開いていくときには、その部分がエヴァンの目によく見えるように少し脚を開き、椅子の背にもたれて腰を浮かせた。
 その淫らな行為を演じながら、体の奥がじわりと熱を帯びてくるのを感じる。
 エヴァンは何も言わず、ただじっと見下ろしているだけだ。どこまでやれるのか見せてみろとコクトーを挑発しているようでもある。
 コクトーは勃ち上がりかけている自らの牡をひと撫でして、最後の衣服を脱ぎ去り、完全に一糸まとわぬ姿になった。手を伸ばしてテーブルの上に置かれていた香油の容器を取り上げ、エヴァンの方へと差し出す。

「あなたの手で、挿れていただけますか?」
「どこへです」
「……さかりのついた牝犬のようにあなたを欲しがっている……この、淫らな体の入り口へです」

 エヴァンがじりっと一歩、コクトーの方へ歩み寄った。
 香油の容器を受け取り、それでコクトーの頬をそっと撫でる。

「犬なら犬らしく、そんなところに座らず床に四つん這いになってはいかがです」

 そう言ってエヴァンはコクトーの腕を掴んで椅子から立たせ、代わりに自分がそこに腰を下ろした。
 コクトーは言われるがままにエヴァンに半ば尻を向けて床に膝をつき、四つん這いになった。厚みのある敷物に顔を埋めるようにして腰を高く上げる。

「さすがによく分かっていらっしゃるようだ。以前にもこんな遊びに興じたことがあるのでしょう?」
「ええ……」
「その時もご自分から誘ったのですか?」
「……いいえ。命じられたのです」
「どちらがお好きですか」
「……」

 答えを躊躇っていると、いきなり尻を蹴り飛ばされた。

「自ら犬になることを望むときと、犬になれと命じられるときと……どちらがより興奮するか、と聞いたのですよ?」

 エヴァンはコクトーの尻に足をかけたまま、静かにそう問いかけを繰り返した。靴のかかとがぎりぎりと肌に食い込んでいる。

「あなたに、命じられるときが……一番……」

 屈辱に声が震えていた。
 くっと喉を鳴らして、エヴァンが嗤った。その姿を見下ろして、エヴァンこそが興奮しているのだと分かる。

「いい答えだ。ぞくぞくしますよ、コクトー」



by 須藤安寿 ¦ 00:00, Thursday, Dec 17, 2009 ¦ 固定リンク ¦ 携帯

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