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第五話 #5-2

(……最後まで私を焦らすおつもりなのですね、ガーラント殿)

 夜を徹して走れば、朝にはローマに着くはずだ。もう、コクトーはそういう場所にたどり着いている。それでも、馬車は決して速度を上げようとはしなかった。昼過ぎには早々に街道を外れて、小さな街へと入っていく。

(今日はここで足止め……か)

 コクトーは小さくため息をもらした。
 旅のあいだ中、ずっと繰り返してきたため息。だがその意味するところは、ホルテンシュタットを出たころと今では少しばかり意味合いが違ってきているのを、コクトーは苦く自覚していた。
 一刻も早くニコルに会いたい。その無事を確かめたい。――そう思う気持ちは変わらなかったが、ローマが近づくにつれて恐怖感がじりじりと膨れ上がり続けていた。
 そしてそれはあの火事の記憶に対する恐れ……だけではなかった。

(ニコルは……なぜガーラント殿についていくことを承諾したのだろう)

 その答えが見えないせいだ。
 エヴァンが最初にコクトーの工房を訪ねてきたときに、迎え出たのはニコルだった。その時からニコルはエヴァンに対して偉そうな態度が気に入らないとか、金払いが悪そうだとか口汚く文句を言い続けていたし、エヴァンはエヴァンで、ニコルなど視界に入ってもいないというように無視し続けていた。ふたりが意気投合してローマを目指したなどとは到底考えられなかった。
 コクトーを思い通りに動かすための人質としてニコルを連れて行くことをエヴァンが思いついたのだと推測することは難しくない。おそらくエヴァンなら、それが最も効率のよい方法だと気付いているだろう。
 だがニコルは、それにおとなしく従うような性格ではない。もしエヴァンがニコル本人やコクトーの命を盾に脅していたのだとすれば、ニコルは従うどころか、逆に反抗心を露わにしていただろう。エヴァンを見せかけの外見通りの優男と判断して殴りかかっていたかもしれない。
 それがコクトーには容易に想像できた。
 曲がったことの嫌いな一本気な性格と言えば聞こえはいいが、自分を抑えることがあまりにも不得手なのだ。そして言い返せなくなると、必ず手が出る。ニコルのそういう性格は、コクトーにとって頭痛の種だったのだ。

(脅したのではなく、ガーラント殿は何か大きな餌をちらつかせてニコルを連れて行ったのかも……。それとも、ニコルが自分からついて行くことを望んだ……? 行き先がローマであることを、知らずに……? それとも……)

 思い浮かぶのは疑問ばかりで、何も答えは出せない。
 もう、一年もニコルに会っていないのだ。あんなに間近にいると感じていたのに、今はもうニコルが何を思い、何をしようとしているのか、コクトーには見えなかった。

(あの子は……何も言わなかったが、本当はずっと、ローマに帰りたがっていたのかもしれない)

 コクトーにとっては忌まわしいばかりの土地だが、ニコルにとっては生まれ故郷であり、父母の眠る土地でもある。恋しく思う気持ちはあっただろう。ニコルがコクトーから離れてひとり立ちしようとしているのなら、生きていく場所としてローマを選ぶのは決して不自然なことではないのだ。

(ニコルが私と決別したいと考えていても、おかしくはないんだ……)

 コクトーの脳裏に、一年前の光景が蘇ってくる。
 あれで終わりだったのかもしれない。ニコルとコクトーの絆は、あのときすでに断ち切られていたのかもしれないのだ。


 ひとたび人形作りに取り掛かると、コクトーは一日のほとんどを、工房にこもったきりで過ごすようになる。工房として使っている部屋に出入りすることをニコルには禁じていたから、その期間は同じ家にいてもあまり顔を合わせることがなくなってしまう。
 別に、今回の仕事が初めてというわけではない。それが……これまでにも何度となく繰り返してきたコクトーのやり方だった。だからニコルも、馴れきっているはずだ――コクトーはあのころ、そう誤解していた。
 エヴァンの存在に、ニコルが苛立っていることに……コクトーは気づいていなかったのだ。

「……まだ起きていたのですか?」

 一息つこうと工房を出て広間に足を踏み入れたとき、コクトーはそこにニコルの姿を見つけて声をかけた。もう深夜と言ってもいい時間だった。いつもならニコルはとっくに眠ってしまっているころだ。
 別に、そこで何をしている……というわけでもなさそうだった。
 テーブルの上には本が開かれていたが、だいぶ前に放り出してそのままという感じだった。ニコルはテーブルに突っ伏して、そこに置かれている頭蓋骨の形の壷とにらみ合っている。ひょっとすると本を読みながら、うたた寝をしていたのかもしれない。

「私を待っていてくれたのですか? そんなところで寝ていると、風邪を引きますよ」

 コクトーがニコルの方へ歩み寄り、その肩にそっと手をおいた。

「やめ……やめろよっ、子ども扱い、するなよっ」

 だがニコルは、苛立たしげにコクトーの手を振り払う。
 紛れもない怒気の込められた声だった。

「ニコル……?」

 そのニコルの態度に、コクトーは少したじろがずにはいられなかった。
 何かが……違う。
 それをはっきりと感じ取っていた。
 まるで母親に甘える子どものようにコクトーに対してもわがまま放題だったこれまでのニコルの口調とは……何かが違っている。

「――自分こそ、飯もろくに食ってないんじゃないの。何か用意しようか? ちょっと堅くなってると思うけど、昨日買って来たパンがまだ残ってる。お茶ならすぐ入れられるし、温めなおせば晩飯の残りのスープも……」

 ニコルはそう言って立ち上がった。
 苛立ちを無理矢理に笑顔の下に押し隠して、和らいだ口調を取り繕っているが、その声が時々、不自然に揺れる。
 一瞬だけ見せたあの怒気は、まだニコルの中で消えてはいないのだ。

(子ども扱いをするなと言われるのも……当然か……)

 毎夜のように添い寝をしてくれとねだる甘ったれの子どもという印象を、今もコクトーは捨てきれずにいる。だがもうニコルは一人前の男として扱われるべき年齢なのだ。
 いつまでも子どものように頼りないと心配していたのだが、コクトーがこの仕事に取り掛かっていた半年ほどのあいだに、ニコルは体つきがしっかりしてきて、背も少し伸びたように見える。
 この仕事が終わるころには、ニコルに見下ろされるようになっているのかもしれない。

「……じゃあ、お茶だけ頂きます。厄介な工程がようやく終わったところで、二、三時間は眠れそうですから……食事は起きてからにしますよ」
「……人形、まだできないの?」

 コクトーを見上げて、ニコルの声が少し沈んだようにも聞こえる。
 お茶を入れようとポットを手に取ったが、それを持ったまま、ニコルはコクトーをじっと見つめていた。

「体の方はあと数日で完成です。そこで一度、依頼者に出来を確認してもらうことになりました。こちらから出向くことになりそうですね。……核を作る作業を始めるのはそれからになるでしょうから、完成するのは早くても夏ごろになると思いますよ」
「夏まであいつの顔を見てなきゃいけないのか……反吐が出るな」

 まるで吐き棄てるような言い方だった。
 ニコルはその名を口にするのさえ避けたがっているようだったが、それがエヴァンのことだと推測するのは難しいことではない。

「ニコル、そんな言い方は……」
「もう、やめよう」

 諌めようとしたその言葉を遮って、ニコルはほとんど掴みかかるような勢いでコクトーの腕を掴んだ。その弾みでニコルは手にしていたポットを取り落とす。石の床に落ちて、ポットは粉々に割れていた。
 だがニコルは、そんなことには見向きもしなかった。
 コクトーの腕を掴んだ掌にぐっと力が込められ、ニコルの顔が、ほとんどぶつかりそうなほど近づけられる。

「もう……あんなやつのための仕事なんて、やめよう。人形も棄てて、こんな街……出ていこう。ローマへもどれないなら、ミラノでもフィレンツェでもパリでも、どこでもいいじゃないか。もっと遠くに行ってもいい」
「どうしたんです、ニコル。何があったんです、ガーラント殿が……何か?」
「あいつがあなたの傍にいることが、堪えられないんだよっ!」

 そう叫んで、ニコルはコクトーを抱きしめた。

「……ニ……コル」

 息がつまりそうなほどの衝撃だった。
 背丈は、まだコクトーよりも少し低い。だがそれでも、コクトーが添い寝をせがむニコルを抱きしめて眠ったころとは……もう違うのだ。
 あのころとは比べ物にならないほど力強くなっている腕の力。鼻先をくすぐったニコルの匂いも、もう子どものそれではなく、かすかに男くささを感じさせるものだった。
 そして為す術もなく床に押し倒されたとき、もどかしげに押し付けられたニコルの下腹が、その若い衝動のままにコクトーを欲して昂ぶっているのだと気付いた。

「……」

 その瞬間、どきりと鼓動が高まるのを感じた。
 そしてコクトーは自らの体の内で何かが疼き、揺らめくように悦びが湧き上がってきていることを、苦々しく自覚させられていた。貪欲なウロボロスの快楽人形の体は舌なめずりをしながら待ち焦がれている。このまま押し切られ、貪られたい……そう望んでいる。
 ニコルの衝動よりむしろ、そのことに、コクトーは肌の粟立つほどの嫌悪を覚えていた。
 無意識のうちに、期待していたのではないか。誘っていたのではないか。欲望を満たしてくれる者なら誰でもいいと、見境なく欲していたのではないか。コンスタンツァに託された幼い子どもにさえ……犯されたいと、望んでいたのではないか。愛情ではなく、ただ肉の欲の疼きに煽られて、ニコルを欲していたのではないのか。
 だからニコルは、こんなことをしているのではないのか……。

(そんなことが……赦されるわけは、ない……)

 ニコルは、アレッシオの息子なのだから。
 二十年ものあいだコクトーを所有し、この肉体を愛し、貪り、弄んだ男の……。

「ニコル……やめ……やめなさい」

 コクトーは、馬乗りになったニコルを振りほどこうともがいた。だが、体に力が入らない。赦されるわけはない。そう思う気持ちとは裏腹に、もう体は震え始めていた。

「やらせて、コクトー」

 耳元で、熱っぽく漏らされるニコルの声。
 それがまるで繰り返されるくちづけのように甘く耳朶をくすぐっていく。

「ごめんなさい、ごめんなさい。こんなの最低だって、自分で分かってる。金でコクトーを買ったやつらより、最低だって……分かってる。でも……俺、もう……我慢できないんだよ。あなたを、ただ見てるだけなんて……もうできない」
「ニコル……私は……」
「責めたいんじゃないんだ。コクトーが体を売ったのが、俺を育てるためだったんだって、分かってる。他に方法がなかったことも。俺みたいな、何もできないろくでなしのがきが今まで野垂れ死にせずに生きてこられたのはそのおかげだってことも。全部、分かってる。でも……でも、もう厭なんだっ! 他の男があなたを抱くことも、いやらしい目で見ることも、堪えられない。あいつだけは……ガーラントだけは絶対に厭なんだ! 金が必要なら、俺が稼ぐから……。俺は、学位なんか要らない。あなたのすねをかじって何年勉強したって、そんなものが取れるとも思えない。俺みたいな馬鹿に、まともにできる仕事なんかないのかもしれないけど……泥棒でも人殺しでも、何でもするから。それであなたを守れるなら、地獄に堕ちたって構わない。だから……」

 まくし立てるニコルの声が、溢れる涙のせいで激しく震えていた。もはや怒りではなく、もっと別の思いに急き立てられているように見える。
 コクトーを押さえ込んでいた手も、震えている。

「だから……だから、お願いだ。俺だけのものでいて、コクトー」

 すがるようにしがみついてくるニコルを見上げて、コクトーもまた胸を締め付けられるような思いを感じていた。
 抱きしめ返したかった。
 毎夜のように添い寝をせがんだ幼いころのニコルを抱きしめたように、今もニコルを抱きしめたくて堪らない。ニコルの体がゆっくりと力を抜いて……静かに眠りに落ちて行くまで、その呼吸や温もりを感じながら見守っていたい。
 肉の欲などとは無縁の……もっと穏やかな気持ちのままニコルを抱きしめて、その寝顔を見下ろしていたい。

(それなのに、私は……私の体は……)

 顔を上げて、ニコルをまっすぐに見上げることができない。
 もうやめろという言葉を発することもできなかった。それがどんな意味を持つ言葉であろうともう関係ないのだ。口を開けば……もはや誘う喘ぎを堪えることなどできるわけがない。
 ……どれほど穏やかな愛情を望んでも、ウロボロスの快楽人形は……男の欲望に応え、性の快楽を供するために作られた存在なのだ。

「コクトー……」

 すぐにニコルも気付いたようだった。
 コクトーの体が小刻みに震えているのがなぜなのか。そして、その激しい欲望に晒されて、コクトーもまた勃起しているのだと……。
 それをニコルは承諾の証と受け取ったのかもしれない。
 ニコルの手がそろそろと伸びて、コクトーの顔をそっと撫でた。

「キスしてもいい、コクトー?」

 そう言って、だが返事を待たずにニコルはコクトーの頭を抱え込むようにして唇を重ねた。加減も分からずにただ唇をぶつけるだけのキス。力任せに押し当てられた歯が痛いほどにコクトーの唇に食い込んでいた。

「んっ……あ……」

 堪えきれずにそう上ずった喘ぎがもれる。その不器用なキスが、これほどに激しく求められていることが……堪らなく心地良い。

「あなたも、硬くしてるんだね。あなたも……俺を、俺のことを欲しがってくれてるからだって……そう……思ってもいい? こんな……こんな汚れた気持ちを抑えきれずに……我慢できずに、やりたがってるのが俺だけじゃないって……そう思っても……いい?」

 他にどうすればいいのか分からないとでも言うように、ニコルがキスを繰り返していた。唇に、頬に、耳朶に、首筋に……。まるでこわれものに触れるかのようにこわごわとニコルの唇がその感触を刻み込んでいく。次第に熱を帯びた吐息を露わにしながら、コクトーがその身のすべてを委ねる瞬間を待ちわびるように……繰り返し、その唇で肌の感触を探り続けている。

「あなたは、汚れてなんか……いない。私とは違う。ニコル……あなたは、私には眩しすぎるほど……きれいだ」

 その時に初めて、コクトーはニコルを見上げた。
 こんなにも激しく欲望を滾らせていても……コクトーを見つめるニコルの目は清らかな輝きに満ちている。その輝きに、コクトーは胸を射抜かれたような心地だった。はちみつ色の髪は父親から、すみれ色の瞳は母親から……ニコルが受け継いだその美しい色彩に、ずっと心を揺り動かされていたのだと気付く。

(この体を……どこの誰が貪ろうと……私は、あなたのものだ。あなただけの……)

 その言葉をどうしても口にすることができないまま、コクトーは手を伸ばしてニコルの髪を撫でた。
 滑らかな髪の手触りに指をもぐりこませて耳朶の柔らかさを味わい、まだほっそりとした首筋の感触を確かめながらニコルの首に腕を回していく。
 ニコルの体が、びくり、と大きく震えたのはそのときだった。

「あっ……あうっ」

 床について自らの上体を支えていたニコルの肘ががくりと折れ、その顔が、もがくようにコクトーの胸に押し付けられる。
 がくがくと震える腰を激しく上下させて、ニコルは服の中で精を解き放っていた。

「あ……」

 その震えがようやくおさまったとき、ニコルは羞恥に赤く染まった顔を上げて、決まり悪そうにコクトーを見下ろした。額に浮いた汗がその顔を流れ、雫になってコクトーの頬に落ちてくる。

「俺……俺は……」

 言いかけて、言葉が不自然に途切れる。ただその唇だけが続く言葉を形作ろうと震え続けていた。

「……畜生、俺は……畜生!」

 まるで独り言のようにそう毒づいて、ニコルは汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔を乱暴に拭った。割れたポットの破片で切ったのだろう。その手に、血が滲んでいる。

「ニコル、血が……」

 コクトーは思わずそう手を差し伸べていた。
 だがニコルはその手を振り払って立ち上がり、もうそれ以上何も言わずに自分の部屋へと駆け込んでいってしまった。
 荒々しく閉じられた扉。
 コクトーはその扉を、ただじっと見つめているしかできなかった。


 ……あれは、シャルルを連れて、城に向かう数日前のことだ。それからの数日間、ニコルは部屋にこもったままで、ずっとコクトーと顔を合わせることを避け続けていた。扉越しに声をかけても、返事は何も返ってこない。そしてコクトーが工房で作業をしている隙に、家を抜け出しているのだという気配もあった。
 シャルルの肉体がひとまず完成というところまでこぎつけたのは、そんなさなかのことだった。
 コクトーはシャルルと共に城に上がり、そのまま、一年近くも幽閉同然に足止めを食うことになってしまったのだ。
 エヴァンはたびたびコクトーの家を訪問し、ニコルの様子を報せてくれた。だがその感情の一切を排除した簡潔すぎる報告では、相変わらずニコルがエヴァンを毛嫌いし、会話さえ避けているのだと、かろうじて窺い知ることができるだけだった。
 ……ニコルが今、何を思い、これからどうしたいと望んでいるのか。
 そういうことは何も見えてこない。

『この体を……どこの誰が貪ろうと……私は、あなたのものだ。あなただけの……』

 あのとき伝えることのできなかった言葉を伝える方法も、ないままだった。
 エヴァンの話では、ニコルは勉強に精を出しているということだった。その上っ面の生活ぶりだけを聞くなら、大学へ行き、解剖学の学位をとったら正式に助手として工房に入ることを認める――という、コクトーとの約束を果たそうとしているようにも思えた。
 だが、今さらそんなことをニコルが望んでいるとは思えない。
 ニコルは別に錬金術師になりたいわけでも、人形師になりたいわけでもないのだ。
 そしてコクトーもまた、そんなことは望んでいなかった。
 ずっと手元にニコルを置いておけると思っていたわけでもない。
 この先も、コクトーは人目を避けて隠れ住み、教皇庁の追跡から逃れながらウロボロスの快楽人形を作り続けるより他に道はないだろう。そしてそれは、決してニコルに相応しい生き方ではないのだ。
 そもそも解剖学の学位などと無理難題を押し付けたのも、ニコルをあきらめさせる方便のようなものだったのだ。そうして時間を稼いでいるあいだに、自分から離れ、別の生き方を見つけ出してくれるのではないかと期待していた。
 ニコルがひとりで生きていく道を見つけ出してくれれば、もうそれで自分の役目は終わるのだと思っていた。

『ニコルを……コクトー様、どうか、ニコルを……』

 あの炎の中でコンスタンツァに託された役目が、終わるのだと……。

(あなたは、本当は気付いていたのでしょう、コンスタンツァ? あなたが連れて行ったのがニコルではなく……私の作った人形だと……)

 繰り返しあの悪夢を見るうちに、コクトーはそんな風に考えるようになっていた。コンスタンツァが自らの死を悟り、コクトーなら生き延びるだろうと確信して……ニコルを託したのだ、と。

『私があなたを妬んで、憎んでいるように、あなたにも憎まれているだろうと……』

 あのときのコンスタンツァの言葉が、ふと耳の奥に蘇ったような気がする。
 最後の最後まで彼女を理解することができなかったと感じるのは、あの言葉のせいなのかもしれない。

(妬んでいたのは……私の方です、コンスタンツァ。あなたの初々しい美しさを、私はずっと憎んでいた。淫らに媚びる術など何も知らなくても、生まれ持ったその輝きだけでアレッシオを虜にしたあなたを……。例え毎夜臥所に呼ばれても、ただ一夜の慰めに過ぎない私とは違って……ニコルを授かり、アレッシオと確かな繋がりを得たあなたを……。決して唯ひとりの存在にはなれないと分かっていても、一途にアレッシオを愛し続けたあなたを……。アレッシオに愛されるために神に作られた存在なのだと思えてならなかったあなたのことを……。ずっと……妬み続けていた……)

 コクトーがぼんやりとそんなことを考えているあいだに、街の中心に近い一軒の宿の前で馬車が止まった。どうやら今日はここに泊まることになるらしい。

(どんな答えが待っていても、もう後戻りはできない……。ニコルとのことも、そして、ガーラント殿とのことも……)

 またため息が漏れたが、コクトーはそれ以上考えるのを止めて立ち上がる。せめて今日だけでもいい。悪夢にうなされることなく深く眠りたかった。

 明日は、もう……ローマなのだから……。








――12月17日公開の第6話をご期待下さい。





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by 須藤安寿 ¦ 00:00, Thursday, Dec 10, 2009 ¦ 固定リンク ¦ コメント(2) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(2) ¦ 携帯

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■コメント

こんにちは。はじめまして。
毎週ドキドキしながら読んでます。
そしてドキドキしながら書き込みさせて頂きます。
まさかエヴァンとニコルがコクトーを巡って三角関係!?と読んでて
今後の展開が気になります。
本編の「永遠に咲く花のように」も良かったですが、ダークなエピソードが多い
「夜咲く花に口付けを」の話も凄いイイです。
コクトーのキャラクターや設定に非常に惹かれます。


名前: 匿名希望 ¦ 23:15, Thursday, Dec 10, 2009 ×


育ての親を…って背徳感あって萌えますよね♪
いつも楽しみにしております、最終回がんばってください!


名前: saika ¦ 10:24, Friday, Dec 11, 2009 ×



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