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act8

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  ◇

 ネイは暗がりの中、息を殺して歩いていた。
 つい先ほど城の召使いが工房にやって来て、ご子息の体調が優れないため診察に来て欲しいと告げた。ネイが慌てて往診バッグを手に取ったのは、機械整備がひと段落ついて夜食を済ませた十一時前後。現在、時計の針は十一時半を指している。
 こんなに夜遅く、城から使いの者が来るとは思わなかった。
 年若い召使いは曖昧に言葉を濁していたが、どうやら正規の手続きを踏んでネイを招き入れようとしているわけではないらしい。以前、あの近衛兵から呼び出された時より、城に入りこむことが容易かった。本来ならもっといくつも、検問を通るはずだ。
「ご案内出来るのはここまでです」
 召使いは人目を憚りながらネイを裏門まで案内すると、深く頭を下げた。
「本来、部外者である先生をこの場へ引き入れることは固く禁じられております。深夜に呼びつけておきながら……申し訳ありません」
「あんたが謝ることじゃない。愚息のためにわざわざ手間を取らせてすまなかったな。ここから先は一本道だし、迷うこともない。ありがとう」
 ネイは召使いの手から往診バッグと丸いランタンを受け取ると、湖畔の道を進んでいった。真っ直ぐ行けば了やあの男が住む兵士宿舎がある。
 先日、やはりここへ診察に来た日――。
 久しぶりに会った了は、怪我をして弱っていると聞かされたのに(実際にひどい怪我をしていたにも係わらず)、どことなく雰囲気が変わっていた。
 何か思うところがあるのか、時々俯いたり考えこんだりしていたものの、すっかり一人前の男の顔を見せてネイを驚かせた。今どのような極秘任務を仰せつかっているのか知ったことではないが、きっと毎日が充実しているのだろう。
 理不尽な差別を受けても屈しない。もしも痛めつけられた時には一旦それを受け入れ、流す。更に、悪しき心を持たない。つまり、恨みや憎しみを極力引きずらない。
 そう了を教育したのは自分だが、教育されたからといって実際にそれが出来るかどうかは別の話だ。了は工房から出て一人暮らしを始めても、こんなところへ隔離されていてもきちんとネイの教えを守っているようだった。
 もしも何か苦しいことがあっても、憎しみに引きずられることがなければ、簡単に心が折れることはないだろう。ネイは久しぶりに了の様子を見て、ほっと安心した。
 しかし――。
 同じ屋根の下に住む〈ルームメイト〉を見た瞬間、ネイの身体は芯まで凍りついた。
 十四年という月日が流れても、あれ・・を見間違えることなど決してない。いや、人違い、自分の見間違いならどれほどよかっただろう。
 あれ・・に親しげに笑いかける了の無警戒すぎる横顔。
 あれ・・と交わしあうほのかに色のついた視線。
 この国の中ではある意味特殊な身体を持っているせいで、他人に触れられることを嫌っていたあの了が、自ら疎んじていた黒髪に触れられて、逃げもしないなんて――。
 ネイにはすぐ分かってしまった。
 《了はあれ・・に惹かれている》……と。
 もしかすると、もう情を交してしまったのかもしれない。初心な了のことだから、あんなものに甘く言い寄られればすぐに陥落し、心酔してしまうだろう。
 あれ・・――生体兵器、VV2-SS09は〈色じかけ〉で敵を殺すよう作られた恐ろしい人間だ。
 所長だった父の厳命で、製造過程での実験に直接関与することは許されなかったが、その甘い狂態に若い研究者の多くが魅了されていた。実験体をどういうふうに泣かした、自分は何度絶頂を迎えさせてやった、一日の終わりに研究者たちが声を潜めて囁き合っているのを何度も耳にしたものだ。それほど美しく、蠱惑的な少年だった。
  何故、了のそばにあんなものがいるのだろう。
 あの夜、ネイは城からの帰り、たんまりとせしめた金を持って裏通りのジャンク屋を訪れた。寂れたジャンク屋にはネイの求めるような高価なパーツなど販売されていない。ネイはパーツを買いつけに行ったのではなかった。
 ネイが買いつけたのは情報だ。
 ジャンク屋とは仮の姿、その店の真の商品は〈情報〉だ。店長を務める片眼鏡の陰気そうな青年は複数の〈組織チーム〉に精通している。
 ネイが情報屋の存在を知っているのは偶然だった。以前、目に疾患を抱え〈情報〉を聞きつけ工房までやって来た店長本人に義眼を作ってやったからだ。
 ネイはそこで「暁の王の愛妾について知っていることがあったら全て教えて欲しい」と頼みこんだ。店長はネイが工房から出て店にまで押しかけたのがよほど珍しかったようだ。愛想よく義眼のよさに礼を言い、「ネイさんからはお代は取れませんよ」などと嘯いた。
「こっちはちゃんと対価を受け取った。義眼を作るのは俺の仕事さ」
「国がらみの情報ネタはそうそう安値がつけられませんが」
「かまわん。金なら持っている」
 ネイは定められた通りの対価を支払った。
 他人に無意味に貸し借りを作るのは効率の悪いことだからだ。何日かすると、情報屋から件の人物について連絡が入った。
 彼の話からすると、前国王ヤンの愛妾カルマは、ヤンの死去と共に自らの命を絶ち土に還った――と、いうのは表向きの話で、噂によると一命をとりとめ、姿を消したらしい。
 それからすぐにクローネの隣町で、片腕の美少年が大きな〈組織〉に属するリーダー格の男の財布を盗んだという。
〈組織〉がらみの盗難などいちいち誰も覚えていないし、勿論ニュースにもならないが、犯人の図抜けた美貌が一時話題になったそうだ。犯人の少年はリーダー格の男の目に留まり、しばらくの間囲われていたらしい。
 その後、少年は暗殺者として男から訓練を受け、何年かして不意にその〈組織〉から姿をくらませる。彼がいる間、〈組織〉は何度もリーダーが変わってゆき、組織の結束力は弱体化の一途を辿っていたそうだ。
 少年――いや、その頃には青年が足抜けをしても止めるものは誰もいなかった。
 そして、更に数年の月日が流れる。
 フィリップ商会という新興組織の名前が裏で少し目立つようになった。
 赤毛で気性の荒い、ジャン・フィリップが束ねている〈何でも屋〉だそうだ。そこに、長い黄金の髪と青い瞳、ひと目見ただけで魂まで抜かれるような麗人が出入りしているという。
 その名も〈隻腕の死天使〉。
 隻腕という文字通り片腕がなく、悪人と自殺志願の者だけをひっそりと暗殺して回っているらしい――。
 そこまで聞けばじゅうぶんだった。
 ネイは再びジャンク屋に赴き、提示されたものより三倍の額を支払って店を出た。口止め料だ。情報屋は心得た様子で素直に金を受け取り、無言でネイを見送った。

(……誰が名づけたものか知らんが、大層な二つ名を持ったもんだ)
 
 ネイは砂利道を歩きながら片頬を引きつらせた。召使いから借りたランタンの炎が自分の影を時折歪な形に揺らがせる。ネイは白衣の内側をまさぐり、不気味な青紫の薬液が入った注射器の感触を確かめた。
 今夜、VV2-SS09をこの世から消す。
 どれほど、あれ・・が麗しい外見をしていても、あれ・・は、VV2-SS09は、決して生み出されるべきではなかった危険な兵器だ。あんなものが了のそばにあるのは、危険だ――。
 工房に篭りきりで、身体の鍛錬など一切怠ってきたから、いくら相手が片腕とはいえ、いざ戦うとなると自信がなかった。相手は自分より七つも若い。
 しかも、VV2-SS09は十四年の間、己の身一つでしたたかに生き延び、殺人を生業としてきた人間だ。自分を殺そうとする者が現れれば容赦はしてこないだろう。
 腕の一本などなくたって、身を守る術くらい心得ているだろう。蹴り技を基本とした武術を習得している可能性も高い。
 そうなると、ネイに残された道はたった一つしかなかった。隙をみて、鎮静剤を打って昏倒させてからメスやナイフなどの刃物を使って失血死させるしかあるまい。
 了は恐らく、城勤めとなった時に、王族の何かを知ってしまったのだろう。そして、秘密を知った了を監視し、ゆくゆくは抹殺するためにVV2-SS09が雇われたのだ。

(何という皮肉だ)

 ネイは宿舎の明かりを見つけて、ゆっくりと深呼吸した。
 王族のために作られ、国王を暗殺し、放逐されたVV2-SS09。
 かの人物が再び城側の人間に雇われ、次は王族の秘密を握る了の命を狙っているとは……。VV2-SS09はいったいどのような思いでこんな仕事を引き受けたのだろう。
 VV2-SS09の最終目的は国王クルトの抹殺に違いない。ネイとしてもクルトは父親の、あの研究所にいた全員の仇だ。
 たまたま使い走りに行かされたあの日、蒸気バイクドーリーを駆って帰って見た炎に包まれたあの研究所――目を瞑れば紅い火が、血飛沫が、今でもなお鮮明に思い浮かぶ。だが、みすみす了を殺されるわけにはいかなかった。
 ネイは宿舎の前まで着くと、窓の外からそっと中の様子を窺った。


 ■■■

 了の体温がまた少し高くなった気がする。
 瑪瑙はタオルの両端を縫い合わせたものを何枚も作って水に浸し、蛇口に引っ掛けて絞り、了の汗を拭いた。慣れない作業をしたせいで右腕の筋肉が攣りそうになり、指先もひび割れてきている。
 血が出ること自体は別にかまわないのだが、弱った了の肌についてはいけない。赤色が染みてしまったタオルは全て捨てることにした。そのために、ただ汗をふいてやるだけの行為に無駄な時間ばかりを費やすようで苛々する。
「了」
 苦しげな息をして固く目を閉じている了。呼びかけると時々、声に応えるように口元が綻ぶ。了の微笑みを眺めていると、瑪瑙の胸がせつなく軋んだ。
 了の身体には、まだ薔薇の花のような痣は一つも浮かんでいない。肌だっていつもと変わらぬ張りを保っているし、多少蒼ざめてはいるもののそれほど顔色が悪いわけでもない。
 微熱だけが続いていて、意識が戻らない。こんな症例は初めてだった。
「私はお前に、何もしてやれないな……」
 殺すことしか知らない。看病一つ満足に出来ない。自分から与えた毒なのに、どうして苦しみを取ってやればいいのか分からない。
 瑪瑙は了の眠るベッドに突っ伏して、下唇を噛んだ。涙を零してはいけない。自分の体液は、全てが毒だから――もう二度と、彼に毒を与えたくないから。
「了……」
 輪にしたタオルがついに尽きた。長い時間、水と濡れたタオルで悪戦苦闘していたためにふやけ、繊維の摩擦であちこちが剥けてしまった。
 この手では、たとえ見た目だけきちんと洗っても、もうどこから毒が滲むかしれず、髪に触れることすら躊躇われた。だから、戸口にネイの気配を感じてふり返った瑪瑙は、安堵の吐息をついて懇願した。
「早く、診てやってくれ」
 だが、白衣に作業着姿のネイは腑に落ちないといった様子で瑪瑙を睨みつけている。
「何故だ? お前は、了の命を奪うために使わされた刺客なのだろう?」
 内ポケットから右手を抜こうとしないのは、手術用のメスか何か、武器になりそうな物でも隠しているのだろう。自分がネイの正体に気づいたように、ネイはもう自分の真の名を知っているようだ。
「だから、何だっていうんだ。私を始末するか? それで了が快復するのなら、好きにしたらいい……利用されることには慣れている。私は出生と同時に他人に利用され、こんな望まない身体で生きてきた」
 つい、瑪瑙の口唇から自嘲の笑みがこぼれる。
「あの日から、あいつに斬られて捨てられた、あの日から……もう私には生きる意味などないと思っていた。いや……そもそも始めから、自分のような存在が忌まわしくて仕方なかった。こんな私を作ったお前たちを憎み続けてきた」
「憎い、か。そうだな、憎まれて当然だ……」
 ネイの声に苦い懊悩が滲んだ。
「お前の人生を滅茶苦茶にしてしまった。俺は実験そのものには係わっていなかった、なんて言い訳をするつもりはない」
 内ポケットに突っこまれていた手が、力なく垂れる。
 ネイが取り出したものは、青紫の禍々しい色をした――瑪瑙にとって懐かしく思える鎮静剤だった。研究所にいた頃、実験を嫌がる自分に散々投与された忌々しい薬物。
 あの注射を打たれればもう、自分には何の反抗も出来ないだろう。そう思うと瑪瑙の背すじに冷たい汗が伝った。いくら瑪瑙が誰にも解毒しえぬ毒を持つ兵器といったって、頸静脈にナイフを突き立てられれば〈普通の人間〉と同じように死ぬ。
「私を殺しに来たんだろう?」
「……ああそうだ。お前はこの世に生み出されるべきではなかった。お前は毒の化け物だ。しかし……俺はついさっきまで、あそこの窓からお前たちの様子を見ていた」
 ネイは小窓を指さす。瑪瑙は驚いて目を見開いた。了の看病にばかり意識がいっていたから、カーテンを開けっ放しにしていたことにも、中を覗かれていたことにも気がつかなかった。
「そうしたら、果たして今ここでお前を殺してしまうことが良いことなのか悪いことなのか、判断が下せなくなった。お前は了を……殺すのではなく、助けたいと、泣いているように見えたから」
 ネイは鎮静剤の入った注射器を床に投げ捨てる。硝子の割れる硬質な音が響いた。瑪瑙は疲労でふらつく身体を叱咤しながら立ち上がった。
「これまでずっと、生きることも死ぬことも、殺すことも殺されることもどうでもよかった。自分が無価値で不自然なものだと思っていたから、いっそのことさっさと死んでしまいたいと思い続けてきた。自発的にそうしなかったのは、あの夜私を守ってくれたヤンの手鏡のおかげだ。しかし……」
 ネイの視線がゴミ箱の中に無造作に重ねたタオルの上に落ちた。
 いつからネイが窓の外に貼りついていたのか知らないが、看病もうまくやれない姿を見られていたのだ――瑪瑙は湧き上がる羞恥と感傷に一瞬、言い澱む。
「……今は違う。了に会えた。了に出会えたから……私は、初めて、生きていてよかったと心から思うことが出来るんだ」

 ――そう、了に出会って、本当の恋を知ったから。

「VV2-SS09」
 ネイが何かを言いたそうに口を開く。だがその言葉は結局、発されることはなかった。ネイは首を振り、ベッドへ近づくと黒い往診バッグを開いた。
「すぐに診察と、処置をしよう。俺はこの真夜中、そのためだけにここへ来たんだから。召使いを寄越したのはお前だろう? よくもまあ、規律だらけのこの城で、召使いに禁を犯させたものだ」
「……ふん」
 ネイはそっとベッドに近づくと了に被せられている毛布をまくった。往診バッグから血液パックを取り出し、手馴れた様子で点滴の準備をすると赤いアームカバーを少しだけ開けて針を刺す。
 壁に寄りかかってそれを眺めていた瑪瑙は、ふと思い出してネイにぽつりと問いかけた。
「一つだけ、教えて欲しい」
「何だ?」
「ヤン……暁の王が、私の両親を殺害したというのは、本当か?」
「暁の王が? さあ、あの王は戦場になど立ったことは一度もなかっただろうよ」
「……そうか」
 今まで信じていた――いや、信じさせられてきたことは全て、全てはあの男に仕組まれていた。どこまでもクルトの設計図どおりというわけだ。
 あの研究者たちだって、考えてみればクルトにいいように利用されただけだ。声にならない、乾いた笑いがこみ上げてくる。瑪瑙は深く息をついて目を塞いだ。


☆第11回は6月10日(木)0時更新予定です。どうぞお楽しみに♪


by 玉置真珠 ¦ 12:30, Thursday, Jun 03, 2010 ¦ 固定リンク ¦ 携帯

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