トップページ ¦ act1 ≫


プロローグ

 プロローグ―過去―

 ――冷たい手が、肌の上を這っている……。
 ちっともそんな気分・・・・・ではないのに、熱く火照った身体は自分の意思とはうらはらに、次の刺激を待ち望んでいた。
「あれだけ大量に催淫剤を盛ったのに、さすがはVV2-SS09といったところです。まだ理性を保っている」
「今回は注射ではなく、経口摂取させたのか。食事の時間はまだだよな?」
「ドリンクに混ぜたのですよ……そこに、飲みかけの温かいミルクがあるでしょう」
「……ふ、ふぅ、ふ」
 肩より少し長い金髪を振り乱し、裸の少年は小型の蒸気自動車ほどもある機械で息を荒くしている。少年が乗せられている部分は車の座席シートに似ているが、少し違う。足を折り曲げさせ、強制的に尻と性器をあられもなく開かせるそれは、分娩台に似ていた。
「ふうっ、ふ、んぅっ」
 分娩台――ここでは〈診察台〉と呼ばれる装置は、少年の未成熟な裸体を無情に曝け出している。両手は診察台備え付けの黒いベルトでがっちりと固定され、足掛けの上に乗せられた両足も、足首を手首と同じ革ベルトできつく拘束され、身動きひとつとれない。
 更に、黒いゴムの目隠しに口枷リングギャグが装着され、少年の自由を阻んでいる。口枷のせいで閉じられない口唇からはのど元までたらたらと透明な唾液が伝い落ち、白い肌を妖しく濡らしていた。
「あんなちっぽけな器に? まさか、原液を与えたんじゃないだろうな。後で所長にどやされるのはごめんだぞ」
「そのまさか、です」
「ばかな、象をも昏倒させる強烈な薬物だぞ」
「彼にはもう、このくらい与えてやらなければ効き目がないですよ」
 揶揄するような声とともに、次の瞬間ピンと意地悪く爪で乳首を弾かれる。
「ふあうっ!」
 強烈な刺激に嬌声が漏れてしまい、少年は身をしならせた。
「ほら、悦んでいる。いいんです、今日は特別……なのですから」
「……そう、だな。確かに、特別だ」
 感覚ばかりが鋭敏になって、二人が何を話しているのかよく分からない。しかし、少年はぼうと霞のかかった頭で、先ほど手渡されたホットミルクの中に強烈な媚薬が混ぜられていたことを理解した。
 この、ジンジンと熱く昂ぶる独特の火照り、性感帯を摘まれた時に感じる異様なまでの多幸感――診察台の上で幾度も体験した苦しく、恥ずかしい〈あれ〉のくる予兆。
 男たちの手は乳首とその周辺を軽く円を描くように刺激し始める。
「んうっ、ふぅっ、あ、う」
 左右を弄られ、みるみるうちに乳首の芯が硬くしこっていく。
「……う、うぅ……」
 口枷のせいで喋ることさえ満足に出来ない。懸命に首を横に振り『いやだ』と意思を示すも、男たちの愛撫は執拗に続く。
 尖りきった乳首を押し潰され、摘まれ、そうかと思えばくすぐるように優しくすり合わせられ、肩が震えてしまう。やがてソロリ……と足の隙間でいやらしく勃ち上がってくるそれを抑えこむ術など、少年は持ち合わせていなかった。
「んっ、んう、ふぅっ、うぁ、う……」
 涙と絶え間なく滴る唾液が顔を汚す。恥ずかしさと悔しさに身悶えると、ギシ、ギシと診察台が揺れた。
「うー、うぅー、うーっ!」
 嫌だ、もう嫌だ――少年が抵抗を続けていると、研究室の蒸気扉がシュウウ……と外から開かれ、落ち着いた足音が近づいてきた。
「調子はどうだ?」
 貫禄のある壮年男性の声。少年を弄んでいた二人ははっと手を止める。
「申し訳ありません、解析は、まだ――」
「なに、少し様子を見に来ただけだ。どうだ?」
「順調です」
 すっかりそそり立った昂ぶりに、つうっと指が這い、少年は小さく呻いた。いくら自分が淫乱でも――敏感になり、抑えがきかなくとも、たかがそれだけの刺激で果ててしまうのは嫌だった。
「もう口枷は必要ないだろう、顔に傷がついたら大変だ」
「そうですね。外しましょう。……いいですね?」
 壮年男性の声はしないが、おそらく頷いたのだろう。一瞬の間が過ぎると頭の後ろでパチンと口枷を外す音がして、口が解放された。
「う、あ……ごほっ、ごほっ」
 文句の一つも言ってやろうかと思ったのに、唇から零れたのは言葉にもならぬ咳だけ。口の中いっぱいに唾がたまっていて、けれど口枷のせいでずっとそれを飲みこめずにいたものだから、のどはカラカラに渇いていた。ひりつくのどを潤そうと、たまった唾液を飲みこむたび、少年は激しく噎せた。
「やれ」
 ひととおり噎せかえるのが治まると同時に、生温かい潤滑剤がとろりと肌に落とされる。
「……やめ……」
 掠れた自分の声があまりにもみじめで、少年は恥辱に口唇を噛む。だが、そんな反抗的な態度も媚薬のもたらす強烈な誘惑に頭を垂れ、噛みしめた口唇からはいつしか快楽の吐息が漏れ始めた。
 全身に潤滑剤をまぶされている……潤滑剤そのものにも、少量の媚薬が混じっていると聞いたことがある。太腿の内側へ指を這わされ、双珠をやんわりと揉まれると、噎せかえった時に一度萎えた尖端が、再びむくむくと育っていくのが分かった。
「さて、こちらはどうですか? ご覧になりますか?」
「あっ」
「どれ……。ふむ、まだ閉じている。少し内壁をマッサージして拡げてやらないと、クスコも入らないな」
 蕾に指をあてがわれると、快感でびくびくと腰が震えた。
「あ、嫌だ、嫌だ、そこ、変になる……っ、あ、ああっ」
 しかし手袋を嵌めた指先は巧みに蕾を愛撫し、潤滑剤のせいでぐちゅぐちゅと卑猥な音をたてながら、浅いところで小刻みに抜き差しし始めた。
「……っ、は、はあっ、っふ、う、あぁっ」
 弄られ続けている乳首が熱を帯び、いい加減痛くなってきているのに、摘まれるたびに雄芯へ向かって小さな快楽の波が押し寄せる。双珠にたらたらと蜜が滴り落ちて、射精感がどんどん強くなっていくのが分かった。
 しかし、屹立した欲望の根元には射精を阻む金属製のリングがぎっちりと咬んでいる。どれほど欲情が高まろうと吐精は赦されず、少年は悲鳴のような嬌声をあげる。
「ひっ、あ、あぁ、あ、あっ」
 腰の奥が熱く疼いている。固く閉じていた蕾が小刻みに動かされる指の動きで、もうすっかりほころんでいた。
「もう、ん、っく、う、う、う……」
 乳首に爪を立てられ、涙を浮かべながらいやいやと首を振る。
「ひっ、あ……っ!」
 竿を自分好みにゆっくりとしごかれ、昇りつめること以外の何も考えられなくなる。窄まりの奥へ奥へと侵入する指は本数を増やし、冷たい器具がすんなりと挿入されると、聞き分けのない身体はジンジンと熱をもった。
「異常なし……と。器具がそんなにいいのですか? 君の中がみんな見えてしまいますよ。恥ずかしくはないんですか?」
「ぅ、っふあ、い、い……」
「とんだ変態だ。ここまで淫乱に育てた覚えはなかったんだが……」
 淫靡な含み笑いが耳に入り、少年はかあっと頬を赤らめた。そこへ、壮年男性の声がぴしゃりと飛んでくる。
「二人とも、口ばかりではなく仕事をしたまえ」
「申し訳ございません!」
「ええ、分かっております。しかし、こんな痴態を目にしてしまうと、つい……」
 見られている……ああ、きっと自分は今、とんでもなく蕩けきった顔をしているのだろう――男に劣情を催させるほどに。
 恥ずかしくないわけがない。けれど、身体はすっかり昂ぶっていて、一度精を放たなくては苦しくてたまらなかった。
「……か、せて……」
 少年は震える声で呟いた。
「お願い、もう……、もう、イかせて……もうっ」
 キュウ、とクスコを咥えている蕾がひくつく。
「もういいだろ!? もう、調べただろ!? もう十分じゃないか、もう嫌だ、お願いだよ、助けてよ、苦しいよ――っ!」
 のどを嗄らして絶叫すると、根元を咬んでいる輪が急に外された。
「いっ……あっ、あぁっ、あ――――っ!!」
 びんと張りつめた四肢が、激しく痙攣する。屹立しきった昂ぶりは噴水のごとく青臭い精液を大量に撒き散らし――果てた。


 身動きをしなくなった細い身体を無感情に眺め、手袋を嵌めた男は少年の放った白濁の蜜を丁寧にシャーレへと収集する。それが終わると、男は助手たちに簡潔に告げた。
「実験は終わりだ」
「はい、アーレン所長」
 そして、手袋の男――アーレンは白衣から一本の注射器を取り出し、少年の腕につき立てた。
 中には禍々しい赤色のどろりとした液体が入っていて、針を刺されたことによって僅かに覚醒した少年は液体を注入されると、苦痛と悦楽、どちらにもとれそうな呻き声をあげながら、完全に意識を失った。
「ご覧いただけましたか? もう、十分にご利用いただけると思います」
 アーレンは研究室にある簡素な椅子に腰掛け、一部始終を見守っていた黒ずくめの男に一礼した。男は背が高く、がっしりと鍛え上げられた身体に希少な天然繊維で仕立てさせた衣服を纏っている。全てが天然素材の衣服など、ここの研究員が何十年働いても決して手に入らないだろう。漆黒のジャケット、カッチリとしたシャツ、すらりとしたボトムに、爪先の尖ったブーツ。
 オールバックに撫でつけた銀に近い金髪に、切れ長のグレイの瞳が満足そうに歪んでいる。
 笑みを浮かべているくせに全身に纏っている空気は冷え冷えとしていて、アーレンは息苦しくなってそっと目をそむけた。本来ならこのように直接口をきけるような相手ではない。
「……ご不満な点がおありでしたら、お申しつけくださいませ……」
 相手が何も答えないため、アーレンは焦って付け足した。すると、黒ずくめの男は「そんなことはない」と言って立ち上がり、こつこつとブーツの踵を鳴らして実験台へと近づいた。
「あまりに良い出来だったから、少々驚いていた。そうだな……この顔、甘く艶めいた声は中々のものだ。王宮へ連れてゆき、俺の傍にでもおいておけば、必ずや兄上の目に止まるだろう」
 黒ずくめの男はククッとのどを鳴らして笑った。
「それにしてもこの身体……。まだ十四、五の子供のくせに、やけに性戯に反応するのは元からか? それともお前たちがこうなるよう、仕込んだ・・・・ものか?」
 実験台に横たわっている少年の頬をさらりと撫で、男は端整な口元を歪ませる。
「あ……! 触れてはなりません、拭き取ったとはいえ、まだ完全に洗浄を施しておりませんので……万が一、御身の体内にこれの体液が取りこまれますと――」
「分かっておる」
 アーレンの言葉を煩そうに制し、黒ずくめの男は薄暗い研究室のドアを開けた。
「明日の朝、遣いの者をここへやる。それまでに湯に浸からせるなり服を着せるなり、全ての手配を済ませておけ」


(頭が、痛い……)
 ぼんやりと目を開けると、白い天井があった。
 自分の部屋だ。研究員の誰かが、意識のない自分を洗浄して服を着せ、ベッドに運んだのだろう。ベッドの他には小さな水槽が空の棚の上に置かれている。ほとんど何も物がない、愛着さえない――自分の部屋。
「……つっ……」
 身体を起こすと、更に強烈な頭痛が襲ってきて、VV2-SS09はのろのろとこめかみに手をやる。ふと左腕を見るといつもの場所にガーゼと包帯があてられていて、今回もまたあの忌々しい注射を打たれたのだと思うと神経がささくれ立った。これを打たれると意識が混濁し、それまでの記憶もぼやけてしまう。
「くそっ」
 腹立ちまぎれに、血の滲んだガーゼを包帯ごとむしり取る。そして、勢いよく水槽へと放りこんだ。
「VV2-SS09、目覚めたか」
 しばらく肩で息をしていると、ノックなしにドアを開かれ、アーレンが現れた。彼の姿を見るとVV2-SS09はピクリと眉をひそめ、つっけんどんに言う。
「また実験? これ以上、出るものなんか何もないんだけど。それとも、採血?」
「そうではない」
 アーレンはいきりたつVV2-SS09に向かい、普段では考えられない調子でぽつぽつと語った。
「〈あのお方〉が明朝、遣いの者をよこすと仰っていた。ついにお前は〈あのお方〉の側仕えとして召し抱えられる時が来たのだ。だから、もう実験などでお前の身体を痛めることも、改造することもない」
「え……? それは、本当? 俺、ここから出られるの?」
「ああ」
 もう〈実験〉は、ない……。
 痛いことも、苦しいことも……恥ずかしい思いも、しなくていい……。
 VV2-SS09の胸に束の間、歓喜が湧き上がる。しかし、VV2-SS09は両親を戦争で亡くしてすぐ、この研究所へと引き取られてから――一度たりとも、外に出たことがなかった。
「怖いか?」
 アーレンに言われ、反射的に顔を上げる。違うと言い返したかったが、物心がつく前から自分を知っているアーレンには、どんな嘘偽りも通用しない。VV2-SS09は口を閉じて、ぷいとそっぽを向いた。
「そうだな、怖くて当然だ……。だが、成すべきことさえすれば、〈あのお方〉が全て上手く取り計らってくれるだろう」
「あのお方……。あの、黒い服の人は、今日……来ていたの?」
 VV2-SS09はシーツをぎゅっと握りしめ、小さな声で訊いた。
 いつも決まった人間しか出入りしないこの研究所で、時々姿を見せる謎の男のことを、VV2-SS09が意識するようになってからもう何年もたつ。
 彼はこの研究所の出資者という話で、とても高い身分だと教えられていた。名前を知りたくてもアーレンをはじめ研究者たちの誰も教えてくれず、かといって直接訊ねる機会もないまま、時だけが過ぎてしまった。
「俺の……実験を、見ていたの……?」
「…………」
 アーレンは勿論、VV2-SS09が〈あのお方〉に特別な感情を持っていると分かっていた。
 不憫な少年だ――と思う。
 いや、そもそもこの少年はもう、ひと・・ですらない。
 人間を簡単に殺すことの出来る〈カンタレラ〉、ついに完成した、究極の生体兵器――。
「いや」
 アーレンは、くいと眼鏡の縁を上げて首を横に振る。
「今日は来られなかった。お忙しいのだろう」
「そう……」
 よかった――。VV2-SS09の胸から一抹の不安が消えた。
「本当に、よかった……。あんなの見られたら、絶対、嫌われる……」
 VV2-SS09は心底ほっとしたように息をつく。
 そんな感情も、自分たちの組んだプログラム通りだ――アーレンは湧き上がる懊悩を押し殺しつつ、いつものように平坦な声で訊ねる。
「頭痛はどうだ?」
「……いつもと、同じだよ。ヒキガエルの煎じたやつにニガヨモギをまぶしたような……ああ、この最悪のコンディションも、もう……?」
「二度とない。成すべきことを成せ」
「成すべきこと……」
 注射の後遺症でまだうつろな目をしているVV2-SS09の脈を取り、分厚いカルテに項目を記入していくと、アーレンは深い物思いにかられていった。
(ついに、ここまできた……)
 かつてこの研究所にはVV2-SS09と同じ境遇の子供たちが何人もいた。彼らのほとんどは戦災孤児か捨て子か、親から人買いに安く売られた〈いらない〉子らだった。
 研究を始めるにあたり、人買いたちに手を回して集められた子供らは、ただ一つの目的のため、ここで観察され、実験されていた。
 人道や倫理をまるで無視した、非合法な実験である。
〈あのお方〉の途方もない財力と権力なくしては、到底、実現は不可能だっただろう。
 実験の大元は、まだこの国が〈暁〉に統一されていない頃、それよりも遥か昔に、大和という国が秘密裏に開発していたプロジェクトだった。
 長い年月をかけて行われるその実験は、普通の人間である子供らを〈カンタレラ〉という生体兵器に変える試みだ。
 赤子の頃、ミルクに薄い毒を混ぜることから始まって、全ての食べ物に毒を――トリカブトに砒素、ケシに毒蜘蛛などを少しずつ、少しずつ食べさせていく。
 耐性の出来ない子供たちは次々に倒れ、死んでいった。
 だが、そうたやすく死んでしまう子供など、はなから使い物にならない。毒への強い耐性を身につけた者だけが生き残るデスゲーム。
 一人、また一人と子供たちは死んでゆき、五年後にアーレンの研究室に残ったのはVV2-SS09、ただ一人となった。
 毒物に少しずつ慣らされたVV2-SS09は、徐々に体内へと摂取した毒物を蓄積し、今となっては涙や唾液、血液に精液、全ての体液に万遍なく毒が浸透している。VV2-SS09という存在そのものが毒……触れた者は魅せられ、溺れ、死んでしまう。
 LSDなど比にもならぬ甘やかな毒は、発見も、解毒も、治療も不可能だ。
 VV2-SS09が、寵愛を受けるにはもってこいの美貌を持っていたのも都合がよかった。闇夜を照らすような黄金色の髪に、陶器人形ビスクドール〉より繊細な面立ち。濃い青色の瞳、桜色の口唇――。
『気に入った。あの子供こそ、〈毒〉の名に相応しい!』
 五年前に視察に来た〈あのお方〉はVV2-SS09の姿を眺め、感嘆の声をあげ、それからVV2-SS09は本格的に〈毒〉として教育されることとなった。
『お前の体液は猛毒だ。お前は人を殺すために生まれてきた、兵器なのだ』
『全ては〈あのお方〉のため――』
 VV2-SS09には徹底的な洗脳――意識の刷り込みがなされ、閨房での所作を叩きこまれ、仕上げに脳に直接、暴走を防ぐプロテクトを埋めこむ外科手術が施され、やがて……完璧な〈毒〉となった。己の息子とたいして変わらぬ年ごろの子供に、過酷な宿命を強いている――アーレンはそれを非常に苦しく思っていたが、それ以上に『伝説の〈毒〉を自らの指揮下で完成させる』という科学者としての欲望の方が勝ってしまっていた。
「よし。異常なし」
 ポンと肩を叩かれ、VV2-SS09はハッと我に返った。
「明日は早い。少しでも眠っておきなさい」
 アーレンは素っ気なく告げて、部屋から出て行こうと踵を返し、ふと水槽を見てまなじりを吊り上げた。
「またか……。ここ以外の場所では、くれぐれもこんな真似をしてはならない」
「うるさいな、分かってるよ」
 そんなこと、いちいち言われなくたってちゃんと心得ている。
 自分の部屋で、自分の飼っている、たかが三匹や四匹の魚に毒を盛ったくらい、何が悪いというのだろう。
 だいたい、魚だって元は実験用に使われる生き物だ。自分の毒性をチェックするための……そうだ、研究員が解剖して殺したり、テストのために殺すのはよくて、戯れに殺すことの何が悪い?
 ふん、と鼻を鳴らすと、アーレンはこれ見よがしにため息をついて、くるりと背を向けた。
「それではまた、明日。時間になったら起こしにくる」
 水槽の中には、先ほど投げこんだ包帯がゆらゆらと漂っている。
 ガーゼに滲んだ血が水の中に溶けたのだろう。魚たちは銀色の腹を見せ、もう二度と泳ぐことなく、ぷかぷかと水面に浮かんでいた。

 ――翌朝。

 VV2-SS09はアーレンから手渡された服と靴を身につけ、命ぜられるまま研究所の入り口に立って、〈あのお方〉からの使者を待っていた。
 外はまだ朝日が昇りきっておらず、街灯がいくら明るくあたりを照らしていても心細い。物心ついてから初めて目にする地上は想像していたものとはまるで違っていて、本で読んだ砂漠の風景に近かった。
 研究所は外から眺めるぶんには廃屋にしか見えず、よもや地下に広い研究施設があるなどとは到底思えない。うまく隠したものだと思う。研究所から北の方角に、街が広がっている。
「あれが、クローネか……」
 遥か彼方に見える街。暁の首都、クローネ――。
 VV2-SS09はふるっと身震いをした。
 何もしていないのに皮膚が粟立つ。勝手に指が震える。初めての感覚……不思議な感覚。
(何だろう、この感じ……?)
 VV2-SS09は自分の痩せた肩を抱いて、地面にうずくまりそうになり、はっと自制した。
 いけない、服が汚れてしまう――。
 そう思った時、ドドドドド……と、重い音がこちらへ近づいてくるのが分かった。
「……何……?」
 棒立ちになっているVV2-SS09の目の前に、巨大な蒸気自動車が止まった。運転手が降り、後部座席のドアを開ける。
「え……? どうして、あなたが……」
 座席から降り立った男は、呆然と立ち尽くすVV2-SS09につかつかと歩み寄り、小刻みに震える華奢な肩に、自分の羽織っていた毛皮のコートをふわりと着せた。
「その格好ではまだ寒かったようだな。すぐに迎えにくるつもりだったのに、急な雑務で遅れてしまった」
 ――寒い?
 これが、寒さというものなのか……。
 研究所の中は一年を通して同じ温度と湿度が保たれているため、VV2-SS09は暑さも寒さも知らなかった。
(暖かい……)
 かけてもらったコートをうっとりと手繰り寄せ、頬を埋める。
 ふわ、と嗅いだことのない香りに包まれ、これが彼の香りだと思うと胸の鼓動が速くなった。
「ありがとう、ございます……でも、これじゃ、あなたが寒いんじゃありませんか?」
 おずおずと礼を述べる。しかし男はそんなことにはまるで頓着しないようで、VV2-SS09をひょいと横抱きにした。
「わ……っ」
「来い、VV2-SS09……ふむ、まずは名前をつけてやらんとな」
「あなたは……っ、あなたの名前を、教えて下さい」
 ずっと、ずっと聞きたかった名前――。
 VV2-SS09がやっと声を絞り出すと、黒衣の男はことも無げに答えた。
「クルト・エーレンフェルス」
「エーレン、フェルス……?」
「クルトでいい」


 名を告げるとラピスラズリのような青い瞳が見開かれ、桜色の口唇がわなないた。
〈エーレンフェルス〉は王族の名前だ。現国王の名は、ヤン・エーレンフェルス。
「そんな……。じゃあ、あなた……クルトさまは……」
「ああ、ヤン・エーレンフェルスの弟だ」
 クローネの街が朝焼けを受け、薄気味の悪い赤に染まっている。その薄気味の悪さが、これから始まる物語に相応しいように思えて、クルトは上機嫌でVV2-SS09に声をかけた。
「お前に〈カルマ〉という名を与えよう。これからはそう名乗るがいい」
「カルマ……?」
 クルトはVV2-SS09の身体をそっと蒸気自動車の座席へと座らせ、自らも隣に腰掛けた。運転手に向けて出発するよう命じてから、車の窓を開けて空を指さした。
「あそこに浮かんでいる満月が、見えるか?」
「ええ」
「あの美しい黄金色は、お前の髪の色と同じだ。カルマというのは古代の言葉で、月という意味を持つ」
「……カルマ……。俺の、名前……」
「気に入らないか? だったら、側近に言ってもっと良い名前を考えさせよう」
「いいえ!」
 VV2-SS09はあわててクルトの言葉を遮る。
「その名前が、いいです。あなたにつけて頂いた名前が、いいです」
「そうか。いい子だ、カルマ」
「クルトさま……」
 ――長かった……。
 美しく成長した〈毒〉の肩を優しく抱き寄せ、クルトは悪魔のごとく邪悪な笑みをこぼした。腕の中でうっとりと目を瞑っている少年は無論、そんな様子に気づきもしない。
(貴様にはせいぜい役に立ってもらおう。俺の〈駒〉として)
 十五年という長い年月を、ひたすら待った。
 研究者どもに莫大な投資をし、足りないと言われればいくらでも子供を買いつけさせた。
 もちろん、この〈毒〉だけではなく、いざという時に上手く立ち回れるよう、ありとあらゆる手を打ったつもりだ。
 クルトは逸る気持ちを抑え、まだだ、まだ笑うのは先だ――と、苦労して自分の表情にいつもの澄まし顔の仮面を被せた。
(――焦りは禁物だ。俺は絶対にやり遂げる。そう、絶対に)
 この胸に燃えさかる野望を、現実のものとするために。


☆次回は4月8日(木)0時更新予定です。お楽しみに♪


by 玉置真珠 ¦ 23:48, Wednesday, Mar 31, 2010 ¦ 固定リンク ¦ コメント(6) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(1) ¦ 携帯

■トラックバック

この記事へのトラックバックURL:
http://www.thanatos-bl.com/machina/serial/blog.cgi/20100331234832

» 機械仕掛けの神 [†† 月のしずく ††から] ×
Web連載第一話が無事掲載されました。正直、4/1の0時になるのが怖かったです。まさかこんなに緊張するとは思わなかった……;あ、「エロい」って感想をくれた皆様、本当にありがとう... ... 続きを読む

受信: 23:15, Friday, Apr 02, 2010

■コメント

第一話拝見致しました。

導入エロいですね〜

今後お話がどのように展開していくのか
とても次話が待ち遠しいです〜


名前: エシディシさん ¦ 19:08, Thursday, Apr 01, 2010 ×


しょっぱなから、えろいwww
これからの展開が気になります。
次回、たのしみにしております。


名前: すぅ ¦ 21:02, Thursday, Apr 01, 2010 ×


連載開始 おめでとうございます(*^.^*)

先生が 言ってた通りに 素晴らしくエロ度がアップした 始まりですね

無垢な少年が この後どの様な 変化を遂げていくのか!?

今後 どのように物語が進行していくのか 楽しみですv(*'-^*)bぶいっ♪


名前: 梨沙 ¦ 11:09, Friday, Apr 02, 2010 ×


おぉぅ……。。。
初っ端から全開ですねー。
カルマがこの先どう変わっていくのか、どんな出会いをするのか、楽しみです。
イラストもとっても素敵でドキドキしてしまいます。


名前: 貴宮 ¦ 13:31, Friday, Apr 02, 2010 ×


私はあなたの文章を読むのが好きですと発%uE8A781は有用なや重要なことである。


名前: Replica Audemars Piguet Watches ¦ 22:56, Sunday, Jul 28, 2013 ×


よく書かれていますが、私はあなたが良い書き込むことができると思います!


名前: 耐吉童鞋型%uE98C84 ¦ 11:42, Thursday, Aug 08, 2013 ×



■コメントを書く

名前:

メールアドレス(任意):
    

URL(任意):

この情報を登録する

内容:

パスワード(任意):

ヒューマンチェック(選択した計算結果を入力):

最新エピソードへ

act11

act10

act9

act8

act7

act6

act5-2

act5

act4

act3

act2

act1

プロローグ

Cheap RCD Espanypol .. on act5

Cheap Sweden Soccer .. on act9

Cheap Netherlands So .. on act11

耐吉童鞋型%uE98C84 on プロローグ

耐吉童鞋目%uE98C84 on act5

2013nike新款高跟鞋 on act3

2013nike人氣高跟鞋目 .. on act2

nike洞洞鞋 奧運版男生 .. on act1

nike休閑鞋目%uE98C84 on act9

2013nike新款休閑鞋 on act10

2013nike新款氣%uE5A2 .. on act11

Nike Air Max High He .. on act3

Cheap Nike Heels for .. on act1

Nike Jordan 9 High H .. on act4

Nike Jordan 8 High H .. on act7

2010年 7月
2010年 6月
2010年 5月
2010年 4月
2010年 3月
   URLを携帯に送る

top


Powered by CGI RESCUE